「さて、これで……」
泡沫は皮膚に黒い文字の羅列が浮かび、今にも黒に飲み込まれそうな小雨に手を差し出した。
「来い、小雨」
「……っ」
小雨は拒絶するように泡沫を見ずに膝を抱えたままだ。
しかし、もう泡沫を拒絶できる泡は残っていない。
「小雨」
泡沫は彼女の目の前まで移動すると、彼女の視線に合わせて腰を屈める。そして、彼女の両の頬に手を添えた。
「小雨……」
「泡沫様……」
泡沫は小雨が自分を見ているのを確認してから、言った。
「いい加減にし」
泡沫は子どもを諫めるように言った。
「甘えんじゃねえよ」
「……え?」
小雨はキョトンとした顔で泡沫を見た。
「さっきから聞いてりゃ、なんだい。ひでえことばかりだから死にてえだの、裏切られてから生きたくねえだの……甘えんのも、大概にしな」
「甘えてなんて……」
「こんな時代だ。誰もが平等の幸せなんざ得られねえ……いつの時代でも、人ってえのは、どうしてそうないものねだりばかりするかね……願っても、叶わねえことなんざ、テメエが一番分かっているっていうのに」
泡沫は軽く頭をかきながら言う。
「いつもそうさ。時代が悪い、環境が悪い、人が悪い……嫌なことは、全部他人のせい。そのくせ、その時代の荒波にも自らの境遇にも、抗おうとしない。流れに身を任せて、救われるのをただひたすら待つだけ……そんな奴に、掴めるものなんざあるわけねえだろ」
「だけど、だったら、どうすればいいっていうんですか。抗おうにも、私達は生まれた時からその運命は決まっている。店に売られた私達に、何が……誰が、助けてくれるっていうんですか!?」
小雨の瞳から、黒い涙が漏れ出た。
――そうだ、それでいい。全部吐き出しちまいな。
「誰かに愛されたかった。誰かに必要とされたかった。誰かに、護ってほしかった……誰かに、手を引いて、あの地獄から、連れ出してほしかった……! そう思うことは、そんなに、いけないことなんですか!?」
小雨は気付いていないだろうが、彼女が何かを叫ぶ度に、泣きじゃくる度に、その言葉が、涙が、周囲に黒い文字となって現れている。
まるで彼女の心を曝くように。
『
『
『
『
「こんな気持ち、知りたくなかった……こんな気持ちになるくらいなら、恋なんてしなければ良かった」
『
『
『
また文字がこぼれ落ちた。
「恋に落ちれば死ぬ……本当に、その通りだった……恋を知ったせいで、こんなに……っ」
『
『
『
また単語が零れ落ちる。
――そうだ、そうだ……もっと気持ちを、あふれ出せ。その先に、お前さんがいる。
「せせ姉さん……っ……私は……」
『
きた!
「
「やあ、
人の姿になった。