七
泡沫は、歌うように言う。
「『妖怪絵巻』は、悲劇の歌が綴られた、哀しい恋の物語。そこには、色んな恋の物語が描かれている。破れた恋の数だけ、絵巻は存在する。そして、恋が出来るのは、生きた人のみ――つまりだ、この悲劇の主人公は、お前さんじゃない」
『五月雨の――』
歌と共に、氷の礫ほどの強度を持った水の飛沫が弾丸のように降る。
その中、泡沫は進む。時折、泡沫に水の飛沫が直撃しそうになるが、後方から賀照が太刀で叩き切る。しかし、賀照が援護した数はごく僅かであり、水の軌道を読んでいるように、泡沫は優雅な動きで避けて通る。
「それじゃあ、賀照。こっちの事は、任せたよ」
「ああ!」
それを合図に、泡沫の姿は淡く光り始めた。
蛍火のように、陽炎のように――或いは幻のように、
泡沫の身体は無数の光が集っているように見えた。
眩しすぎず、淡すぎず――適度な明るさを持ち、一寸先の闇を打ち消す。しかし、それ以上は照らさず――本当に必要な人だけを照らすように。
『五月雨の――』
対する
それを見て、泡沫はフッと笑みを零した。
「もう完全に囚われちまったかい、
そこで泡沫は細い目をやや見開き――
「そんなもんだろ、お前さん達なんざ」
冷めた声に、一瞬だが
が、すぐに普段見せている温和的な笑みを浮かべながら、口元を扇子で隠した。
『水の泡の――』
一歩、進む。
『消えで浮き身と――』
『いひながら 流れて猶も――』
二歩、三歩と進み――
『――たのまるるかな』
泡沫が和歌を全て口ずさんだ刹那――泡沫の身体を纏っていた無数の光は泡のように弾けた。
そして泡沫の姿も、光の粉と共に消え――泡となって周囲へ散った。完全に彼の姿が消える直前、泡に映った賀照を見て、「頼んだよ」と目で訴えて。
「早くしろよ」
泡沫の声なき言葉を聞き取った賀照は、そう呟いた。