「おい、うた。これって……」
「あっしに分かるわけねえだろ。何でも知っているわけじゃありやせん」
「何で拗ねているんだよ」
――しかし、確かに、こいつは想定外だ。
泡沫から見ても、先程までは確かに決着がついていた。今まさに終わろうとしていた。
――いつもなら、あそこで仕舞いだった筈だ。
周囲を一瞬で黒い霧に変えた潺。
先程まで、
しかし、今目の前にいる【
まるで、別の感情を植え付けられたように。
【
乙女が歌に同調しなければ、歌に込められた怨念との繋がりは薄くなり、やがて切れる。距離が離れて、やがて左右に切れる糸のように――二度と繋がることはない。
ゆえに、【
――どうなってやがる? 同調率が増している……いや、違う。
人と歌――その間に、何かが入り込んでいる。視えない何かが、断ち切れそうだった二つを繋ぎ止めている。
最初はそれぞれの意味を持つ、たった一つの言葉が、違う言葉で混じり合うことで別の言葉となり、二字熟語へとなるように。
やがて消える「泡」が、飛び散る「沫」と重なり、すぐに消えてなくなる、この世で最も儚い「泡沫」となるように。
黒い霧は周囲を包み、世界そのものを飲み込む勢いだった。
「こいつは、思っていた以上に手強いかもな」
「手強い?」
「よく考えなさいな。ここら一帯は、巴さんが結界を張る事で、この空間そのものを中に閉じ込めた状態だった。しかし、その空間を、今度はアイツが黒い霧で覆った。つまり、結界の中を侵食したって事だ」
「それじゃあ、先生は……」
「まだ到着していないか、或いは中に入れないか……」
出来れば前者であってほしいが、望みは少なそうだ、と泡沫は思った。
黒い霧は、全身に纏わり付くように、周囲に広がった。
「だが、大本を叩けば終わりだろ!」
「待て、賀照!」
泡沫にしては珍しく大声を上げた。賀照はそれに従い、太刀を振り落とす直前に緊急停止した形で止まった。
「うた……」
訴えるように賀照が泡沫を見ると、泡沫は懐から扇子を取り出し、賀照の顔の前でばさり、と開いた。
たったそれだけで、全てを焼き尽くす勢いだった炎は消え、薄暗さが増した。
賀照は小さく息を吐いて太刀を背負う。
「すまねえ、うた」
「いや、いい。あっしは泡沫……熱を沈めるのが、あっしの役目だ」
「うた……俺は、何をすればいい?」
賀照は真っすぐと泡沫を見つめて言った。
燃えるような瞳に浮かぶのは、一縷の迷いもなく、目の前の相手を信じる「信頼」だけだった。
――まったく、そういう真っすぐな所……
「お前さんの、そういう所……あっしは、好きだよ」
「お前は本当に……嘘つきだな」
「そりゃあ……あっしは、泡沫ですから」
そう返した泡沫の暗い色の瞳にも、確かな信頼が浮かんでいた。
「お前さんは、
「言われるまでもねえが、お前は?」
「そんなの決まっているだろ……悲劇を終わらせに。いや、塗り替えに」