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第27話

「オラオラオラオラオラオラオラ!」


 所変わって、河原の近く。

 橋のすぐ傍で、賀照は荒々しい叫び声を上げて、右に、左に、と太刀を振るう。

 その度、火の粉が舞い、熱が草木を燃やしていく。

『……っ』

 対する潺は手をかざして水の弾丸を撃つが、

「おいおい。水遊びも、大概にしねえと、川が涸れちまうぞ」

 賀照は水の弾丸を一刀両断しながら、殊勝な笑みを浮かべた。

「さて……『妖怪絵巻』、あとはお前だけだぜ。大人しく消し炭になっちまいな」


 ――やれやれのやれだね。


 普段は温厚であるが、妖力を解放した時の彼は少々好戦的になるのが如何せん、と泡沫は思う。

 しかし戦力としては申し分ないため、頼りになるのは確かである。

「この分だと俺だけでカタついちまいそうだけど……」

「力で押し通しても解決出来ねえ事くらいは、分かっているだろ? いくら単細胞さんでも」

「誰が単細胞さんだ!」

 泡沫の言葉に、賀照がすかさずつっこんだ時。

「!」

「オラァ!」

 せせらぎを護るように地面を突き破って出現した水の壁を、賀照が斬る。


 ――何だ、今の……?


 賀照が力でねじ伏せる中、泡沫は周囲を見渡した。

 ――今、妙な寒気を感じたんだが……気のせいか?

 その間も事態は進行しており、息を切らしたせせらぎの鼻先に、賀照が太刀の鋒を向けていた。

「さあ、どうするんだ? 『妖怪絵巻』」

『わた、しは……』

 本来白い部分まで真っ黒に染まった瞳で、せせらぎが賀照を見上げる。

『……ちが、う。わた、しは……っ、ただ、恋が……したかった……だけで……』

 そして、何か言い掛けた時――唐突に、自分の頭を抱え込んだ。

「おい、どうしたんだ?」

『あっがっ……う、歌がっ……』


 ――あれは!


 せせらぎの――正確には小雨の胸の部分で根を張っていた絵巻から黒い紐のような物が伸びた。そして、彼女の身体にさらに巻きついた。

『あ、あああああああああっがああああああああああああああっ!』

 せせらぎが悲鳴を上げた時、黒い紐は彼女の全身を繭のように包み込んだ。

「うた!」

「ああ、本命がおいでなすったようだ」

 しかし妙だ、と泡沫は思った。

 ――さっきのせせらぎ、既に心は折れていた筈だ。

 通常なら解放されてもいい筈なのだが。それに、彼女が暴走する直前も少し妙だった気が――。

「うた!」

 賀照の声に、泡沫は我に返る。

 そして、目の前にモノを見て、絶句した。


『五月雨の 空だにすめる月影に――』


 歌が、脳内に直接響く。

 それと同時に、せせらぎの手から水が噴き出し――やがて龍の形となった。

 水で出来た二匹の龍を従えながら、黒い物体は、一歩前に出た。

 黒い霧のような物に包まれているせいで、鎧を着たように身体が肥大化し――本当の体長よりも二割ほど大きい。

 乱れた髪の隙間から覗く顔は、文字に埋め尽くされたせいで黒一色となり――全身の水分を全て吸い取られたのか、老婆のように干からびた肌になっていた。

『五月雨の……』

「やめろ、せせらぎ! そのまま続けたら、小雨の身体がもたねえぞ!」

 賀照の言葉に、せせらぎは一瞬身体を止めるが――

『キエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 頬を掠る衝動と共に、黒い霧が周囲を包んだ。


       *


『あらあらのあらですね』


 物陰から、水と炎がぶつかり合う様を見つめながら、「影」は呟いた。

『負けそうになっているじゃないですか……勿体ない、折角、いい感じに育ってきたのに。あの子には期待していたんですけどね。生者を呑みこむ程の強い意志……折角、ホンモノが見られるって思ったのに。ですが、まあ……』

 「影」は、暗闇の中で目を細めた。

『狐と鬼が相手じゃ仕方ありませんね……もうじき蛇もきそうだし。なら……ちょいと、小生が加担いたしましょうか。なあに、あっちだって二人なんだ。ここは公平にいきやしょう……』

 「影」はくつくつと笑いながら言う。

『演出させて頂きます』

 「影」は、続ける。

『ほら、お嬢さん……小生が、共に詠ってさしあげましょう。黄泉を呼び込む、恋の歌を……ほら……』


『五月雨の 空だにすめる月影に 涙の雨は はるるまもなし』


 「影」の口から漏れ出た言葉は、墨で書いた文字のように宙に具現化し――やがて黒い霧となって、水を操る女の影へと一つ、一つ、と入り込んだ。


 五月雨――、空――、だに――

    涙――、雨――……


 そして――――――『怨』。


『くくく……それが、今の君に相応しい言葉ですよ。さあ、演出はすみました。好きなだけ踊りなさい』


 文字はばらばらに影の中に入り込み――女の影はさらに黒く濃いものになった。

 夜闇すら飲み込む程に、真っ黒な純粋な『黒』に――。


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