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第26話

       *

 泡沫と賀照が応戦していた頃。

「また派手にやっているね」

 巴は、空を見上げてそう呟いた。

 月の浮かんだ空に向かって、天を貫く勢いで水が吹き出した。しかし、その事に気が付いているのは巴一人であり、他の通行人は見えていないように通り過ぎていく。

 ――まあ、本当に視えていないんだけど。

 巴が歩く度、ぽとり、ぽとり、と白い物体が地面に落ちる。そして、地面に落ちたそれは、人が通る度に、その人物の影の中に潜り込む。

 にょろり、にょろり、ととぐろを巻きながら白い蛇が無数に地面を這っては、人の影の中に飛び込む。

 異様に見えるその光景も、視えていなければ、どうってことない。


『朝ぼらけ 有明の月と見るまでに 吉野の里に 降れる白雪』


 ――泡沫風にいうと、『明け方に空がほのかに明るくなってきたなーって思った頃。有明の月かと思っちゃうくらい見事な雪が、吉野の里に降っているだろうな』って所かな。

 巴が歩く度、白い影は人や物の影に潜む。それを何度か続けたせいで、他の人には見えないが、町中白い蛇だらけになっており、自分の分身とはいえ、不気味だと感じた。

 蛇に入り込まれた影は全てを錯覚する。視覚も、聴覚も――全てが現実と引き離され、巴が見せたいものだけを視て、巴が聞かせたい音だけを聴いている。さながら、吉野の里の雪を有明の月のようだと詠んだ歌のように。

 妖怪の中には、泡沫や巴のように相性のいい歌を自分の技と融合して使う者もいる。しかし歌の力、いわば原理は『妖怪絵巻』であり、同調である。正しく歌を理解し、心を通わせた者にしか歌を使う事は出来ない。そのため、賀照は歌を使う事はない。

「ただ景色を詠ったこの美しい歌が、一番相性がいいだなんて……」

 その時、ふいに通り過ぎた着物屋を一瞥した。店の手前に姿見があり、そこにはばっちりと自分の姿が映っていた。といっても、人間の視力ではおよそ見ることの出来ない距離だが。

「こんな化け物じみた姿をした、私には到底似合わないね」

 長い髪の毛で隠れていた顔の左側が風で露わとなった。

 額から頬にかけて鱗のようなものがあり、鳶色だった瞳は金色に怪しく光る。そして、自分の影からは小さな白い蛇が顔を覗かせていた。

「まったくまったくだね……とりあえず街中に結界は張り終えたけど……そっちは上手くやっているのかな。分身という分身を出し尽くしたから、老いぼれの身としては、ちとしんどいんだけど」

 空を見上げると、戦いが激しくなっているのか、水と炎の柱が重なり合って天を貫いていた。時折、砕けた水柱が小さな水滴となって街に向かって降ってくるが――見えない壁にぶつかり、跳ね返される。

「本当に、若いっていうのはいいな……あー、私も早く脱皮したい」


 町医者・巴 銀雪ぎんせつ――。

 種族:白蛇、担当地区:学芸区、武器:不明、特技:結界

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