「『妖怪絵巻』の力の源は、傷心した乙女の恋心……ゆえに、怨念と乙女の相性がいいと、その威力も増すというが……」
ここでいう相性とは、即ち同調率。怨念は破れた恋心から生まれた悪しき念であり、元は人の恋心。その性質がゆえ、怨念にも合う、合わないはある。絵巻に封印された怨念と、取り憑いた乙女。その二つの同調率が高ければ高いほど、その威力は増す。
「ここまで同調率が高いとは……やれやれのやれだね」
「言っている場合か! どうすんだよ!?」
「訪れる人がいないって事は、巴さんの結界は効いているようだが……このままだと、巴さんが駆けつけた頃には、あっしらの死体が上がっているかもね」
巴の結界は、完全に空間を遮断することが出来る。でなければ、人知れず『妖怪絵巻』と戦っている泡沫達は、江戸の町では畏れられ、歌を聞いた人達で街は全滅しているだろう。
――巴さんの到着を待っている余裕はないな。
元々、彼は結界などの支援が得意であり、戦闘には向かないが。
まだ戦闘専用の賀照がこの場にいるだけで有り難いが、今回は彼一人でさばくのは骨が折れる。
『五月雨の 空だにすめる月影に――』
その間も事態は進行しており、ほぼ槍と化した水の柱が連続で放たれた。
『涙の雨は はるるまもなし……!』
太刀で賀照が応戦するが、元は水のため、斬っても周囲に霧散するだけであり、意味をなさない。
「『妖怪絵巻』を止めるには、絵巻そのものを封じる必要があるが……」
小雨の胸元で根を張っている絵巻。あれを取り除く事さえ出来れば、この騒動も収まる。しかし――
「行く前に、風穴空いちまうよ」
と、賀照が水の柱を斬りながら言った。
「おい、うた! いつもみたく、何とかならねえのかよ? こういの得意だろ」
「あそこまで意識がはっきりした娘さんを惑わすのは、いくらあっしでも……あ」
待てよ。
ふいに泡沫は細い目をやや見開いた。
「『妖怪絵巻』は、恋に破れた女の怨霊……くく、そういうことかい。ならば、この勝負……積みだ」
泡沫が口元を扇子で隠しながら笑った。
「おい、うた?」
「賀照……少しの間、頼めるかい?」
「!」
泡沫のその言葉で、賀照は全てを理解した。最初大きく目を見開き――やがて勝ち気な笑みを浮かべた。
「ああ、この賀照さんに任せな! うたがそう言う時は、勝てる時だからな」
「やれやれのやれだね。そんなに信用していいのかい? あっしを」
「当たり前だろ……こんな時、お前を信じねえで、誰を信じるんだよ」
「まったく、やれやれのやれだね」
賀照の言葉に、泡沫は気恥ずかしそうに呟いた。
対する賀照は太刀を両手で構え直し、腰を低くして体勢を整えた。
その姿勢を見て、泡沫は彼が何をしようとしているのか悟り――慌てて後ろに下がった。
「じゃあ、本気でいかせてもらうぜ!」
「おい、何もそこまで……」
泡沫の小言は届かず、賀照は太刀を大きく振り上げる。
刹那――彼の身体に淡い光が宿った。
「来い!
賀照がそう叫ぶと、彼の太刀の刀身は僅かに光を放ち――蝶が蛹を割って這い出るように、雛が殻を破って生まれるように――刀身を纏っていた光が欠片となって落ちていった。
そして光の欠片が消えた時、淡い光を放った太刀と、一匹の鬼がいた。
褐色の肌は朱色が交じり、燃えるような髪は炎を纏ったようにより濃くなり――そして、額には四つの小さな角が並ぶ。
『その姿は……』
賀照の姿を見て、
対する賀照はからっとした明るい笑い声を上げた。
「何だ、そんなに珍しいか? 鬼の姿が……鬼になろうとしている奴が、本物の鬼見て動揺すんなよな」
『お、に?』
「昔から言うだろ? 目には目を、歯には歯を……妖怪には、妖怪をってな」
「意味が違う。まったく、覚え立ての言葉をすぐ使いたがるんだから」
泡沫に後方から突っ込まれ、賀照は少しだけキョトンとした顔になったが――すぐに視線を
そして、太刀を振り上げ、大地を蹴った。
人の姿の時とは比べものにならない飛躍。賀照は月に届きそうな程に高く跳ねた。
その時、彼の太刀の刀身が鈍い光を放ち――刀身そのものに炎が纏い出した。さながら、その姿は太陽の化身ようであり――闇夜を切り裂いた。
「本物の切れ味、とくと味わいな!」
『さ、五月雨の――』
空中の賀照に向かって離れた水柱を、賀照は太刀を回転させながら全て撃ち落とした。今度は、炎の威力もあり、水柱は霧散することなく蒸発し、湯気だけが残った。
「何だ? そりゃ……水遊びも大概にしろよ、小娘」
『あなた、何者!?』
「何者? 見て分からねえか?
遊び人・鬼ヶ崎賀照――。
種族:鬼、担当地区:繁華街区、武器:太刀・童子切安綱。