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第20話

「厚切っていうと、名家の坊やだね」

 こんな時でもゆったりとした口調で巴が言った。

「先生、何か知っているんですかい?」

「ああ、賀照は『繁華街区』担当だから、あまり耳に入ってこないかも知れないけど、『文芸区』では有名だよ。名のある武家の御曹司で、普段は色町で遊び歩いているって……いつもは穏やかで紳士的な態度のようだけど、一度切れると手がつけられないってね。噂だと、女中を手篭めにしようとした時に抵抗されたとかで、その場で絞め殺したって話だよ」

「な、何だよ、そのクズ野郎は!」

 賀照が叫びながら、拳を握り締めた。

「他にも、茶屋の娘に夜の相手を断れたからって理由で、店先で殴り飛ばして重傷を負わせたとか……つい最近だと、色町で気に入った遊女を妾にしようと身請けしようとしたらしいけど、その娘さんには他に好いた男がいたらしくて逃げられたとかで、その場で斬り捨てたらしいね」

「……!」

 小雨に似た話を聞いていた泡沫はだんだんと合点がいき、息を呑んだ。

「正確には、あの男は、別にせせ姉さんを好いていたわけじゃないけどね」

 雲雀が奥歯を噛みながら言った。

「せせ姉さんと、商人の兄さんがいい仲だったんだ。それを知った厚切様が、遊び半分でせせ姉さんを身請けにしたんだよ。金だけはあるからね、あの男には」

「横恋慕ってことかい?」

 泡沫に問いに、雲雀は首を横に振った。

「そうじゃない。ただ、他人の物を奪いたい……くっつきそうな二人を引き剥がしたい。そんな所だよ……仮に無事身請けが済んだ後も、飽きたら下人にやるつもりだっただろうし。現に、そうなった子を、何度か見ている」

「何だ、それ。意味分からねえ」

 賀照が怒鳴るように言った時、巴が後ろから彼の肩に手を置いた。

「理解する必要はないよ。特に、君みたいな子はね」

「先生が、そういうなら」

「そんなこたぁ今はどうでもいいよ。それより、雲雀。小雨がいなくなったって言っていたね。それと、この男と何か関係があるのかい?」

 泡沫が話を促すと、雲雀はばつの悪そうな顔で頷いた。

「小雨は厚切様の本性に気がついていない。だから、厚切様への想いを断ち切らせたかったんだ。そうでなくても、あの子は、花街で生きるには純粋すぎて、そして……脆すぎる」

「その様子だと、またいびちまったようだね」

「……少し、脅しすぎたとは思っている」

「まあ、お前さんの愛情は分かりづらいからね」

 と、泡沫は軽く雲雀の肩に手を置いた。

「後は、あっしらに任せな」

「泡沫様……」

「小雨は、無事に店に送り届けます。だから、雲雀は店であの子が戻ってくるのを待ってな。あの子が夜遅く戻ってきた時、出迎えてくれる人が誰もいないのは、寂しいだろ」

「……っ」

 雲雀は深く頭を下げた。

「あの子を、よろしく頼みます」


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