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第30話

 大海原の上空を逸し乱れぬ隊列で飛ぶドラゴン達。


 蒼穹のローブに身を包む魔法使い『アーベント・メルング』はその壮観の中にいた。


 オリントの民を守り、オリントの秩序と正義の為に兵はある。オリント最高峰の『オリンズ魔法学院』が魔法使いたちに説く矜持だ。


 我が始祖にして英雄『オリント・シャーロット』よ。私や学院の同期生をお守りください。


「なーんだアーベント。また祈ってるのか? 学院首席のお前が弱気になってどうすんだよ!」


 思念魔法で送られてきたレオーネの声色はどこか陽気だ。もうすぐ戦場につくというのに恐怖なんて微塵もないように振る舞っている。


「あなたはちょっとハイになりすぎよレオーネ」

「緊張を解してやろうとしただけだっつーの。そういうミリシャも殺伐としてるのに平気そうじゃないか」

「私だって怖いわよ。異世界から来た船を襲撃だなんて」

「100体以上のドラゴンにそれを従える魔法使い。それもインペリアル級がゴロゴロいる。たった一隻の船で敵うような数じゃない」


 そんなレオーネを心配するのは麗しい容姿を持つ女魔法使いミリシャ。二人は魔法学院の同期生。親友でもあり、学院時代に首席の座を争ったライバルでもある。


 オリントでは魔法使いを四段階で評価し、魔力を豊富に持ち卓越した魔法技術を持つ最高ランク『インペリアル』から『レイブン』、『アルバトロス』、『パロット』の順である。


 全人口二十億人の中でもインペリアル級として認められる魔法使いは一万人程度と稀少であり、魔法全盛のこの時代では絶大な戦力として重宝される。


 その最高位に最年少でついたのがオリンズ魔法学院のアーベント、レオーネ、ミリシャの3人。彼らはその魔力を持って初めての実戦に赴こうとしていた。


「油断は命取りになるぞ新兵共」


 レオーネのそんな言葉に訝った中隊長の男が吠える。


 思念魔法に魔力の流れを殆ど感じなかったのに、それを察知するとは流石だ。


 この男もアーベントと同じく蒼いローブを纏う『インペリアル級魔法使い。。105人の内、半分の50人を占めるこの編隊にはターゲットの船を確実に沈めようという本国の強い意志が感じられる。


「仲間想いなのは評価する。3人共、相手を見縊るなよ」

「「「はっ!」」」

「よーし。予定通り、編隊を十個に分けて包囲陣形を取る。新入り共、遅れるなよ!」


 巨大な編隊が完全に分離を始めて船を全周から包囲する。


 まだ船を目視で捉えることはできない。魔力も僅かな点が海のど真ん中で浮くようにいるだけだし、魔法核の反応も小さい。


 こんな小さな魔力の船には如何ほどの戦闘力があるのか。アーベントが半信半疑になっていたその時であった。


 ターゲットが目視できる距離まで近づいた先頭集団が突如起こった爆発によって次々と叩き落されていく。


「先頭集団が攻撃される……ミリシャ、敵の魔力感知は?!」

「反応がないわ!」

「そんなわけないだろう! 魔法弾か結界魔法の類だろアレは!」


 レオーネが指を指す方向では黒煙が上がり続け、その度に味方の魔法使いが一人、また一人と海面に落とされていく。


 魔力探知と結界魔法に長けるミリシャでも見逃す魔法。アーベントも必死にその正体を探ろうとするが、魔力は探知できないし、待ち伏せで爆発魔法を仕掛ける結界の類でもない。


 とすればなんなのだ。先頭を行く集団とは随分と離れているが、目標の船からは遠いはずだ。


「中隊長! 前を行く味方が攻撃を」

「狼狽えるな! 回り込んだ我々が迅速に攻撃を仕掛ける。一気に距離を詰めて、各自ドラゴンに魔力を充填。重魔法弾を奴に叩き込め!」


 編隊が一気に加速して船の方へと近づいていく。中隊長の指揮のもと、総勢二十体のドラゴンが敵の意識外であろう方角から攻撃を仕掛けようとした。


 もうすぐ重魔法弾の射程圏内だ。見通せなくとも僅かにある魔法核の反応で誘導はできる。ドラゴンへ魔力を込めようとした瞬間、前を行っていた中隊長が突如破裂した。


「なっ?!」


 黒煙へ突っ込んだ直後、アーベントが乗るドラゴンの横を何かが通り過ぎた気がした。


 その物体は恐ろしく疾く、皮膚を焼く熱さを持つ。そして音はすれ違った後にやってきて耳を劈いた。


「まずい! レオーネ避けろ!」

「クソっ!」


 言うが先か爆ぜるが先か。数メートル後ろのレオーネがその物体と激突して墜落していく。


「レオーネ……レオーネ! いやぁぁぁぁ!」


 ミリシャは一瞬の出来事にパニックに陥る。


 周りの魔力反応を確かめるが、既に40人がやられてる。


「落ち着けミリシャ! ひとまず隠れるぞ! 高度を落とす」


 結界魔法でないのなら、奴は何らかの方法で魔法を隠蔽して攻撃しているということになる。それも視認圏内に入った味方から優先的にやられているということは、こちらを捉えなければ攻撃はできないということだ。


 アーベントは高度を落として海面スレスレを飛んだ。生き残っている味方もそれに続いた。


 魔力反応は次々と消えていく。高度を落としたアーベント編隊以外はすぐに対処されて、まるでハエを叩き落とすように軽々と撃破していた。


 自分たちはもしかしたらとんでもない化け物と対峙しているのかもしれない。


「ね、ねぇ。引き返さない?」


 ミリシャが震える声で提案する。彼女の戦意は完全に砕かれたと言ってもいい。


「バカを言うな! 我々が引き返したら祖国に安寧を齎した英霊に顔向けができんだろう!」


 しかし編隊の魔法使いがそれを制するように声を荒らげた。


 世界最強。オリントの魔法使いは対外的にそう囁かれている。その称号に恥じぬ戦いをしなければならないと教えられもした。


 けれど敵う相手なのか? 攻撃魔法の魔力も探知できず、無慈悲に殺し続けてくる相手に。


「で、ですが……私達が及ぶ相手ではないんですよ! レオーネだって……あんなあっさり」


 レオーネ以外もそうだ。インペリアル級の魔法使いがバタバタとやられている。こうして話している間にも何人かが殺された。


 態勢を立て直さなければ全滅だ。高度を下げた途端に攻撃は止んでいるが、またいつこちらに牙を向くか分からない。


 具申しようとしたアーベントだったが、仲間の先輩魔法使いは頑固になり、


「それでもやらねばならない。この高さなら攻撃は来ない。一気に距離を詰めるぞ!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」」


 士気もまだ高いこの編隊は再び速度を上げた。

 まだ四十体は全体で残っている。勝ち目は幾らでもある。アーベントとミリシャ以外は誰もがそう信じていた。


 しかし、蒼空に描かれた真っ白い雲の線は残酷なまでに可憐で美しく、アーベント以外の魔法使いを殺していったのだった。


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