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第29話

 戦闘指揮所の仄暗い部屋で青いディスプレイに目を瞬かせた叶多は、ヘリの後を追って出たフェアリとしばらく連絡のないヘリや交渉班の様子が気掛かりになっていた。


「艦長、ステアトルが副長以下五名を回収」

「ステアトルに繋げますか」

「行けます。ですが——」


 通信士の気難しい顔に疑問を持ちながらもヘッドセットを受け取る。


「聞こえますか絵里さん。柊です」

「叶多……榎本曹長が……出血が止まらないの」

「何があったんですか?!」


 動転して上手く言葉が纏まらない絵里の声音。必死に呼び掛けるも掻き消す様にレーダー員が叫ぶ。


「スパイレーダーが複数目標を探知! 本艦の70度より数……105?!」


 CICが騒めいた。


 105個のブリップがレーダーに映り、叶多にその存在が現実であることを無情にも告げる。


「速度230ノット、距離70マイル」

「ステアトルまでの距離は?」

「およそ60マイル。しかし艦長、ステアトルと敵編隊の相対速度差は100ノット以上。本艦との接触は敵編隊の方が二分程度早い」

「ステアトルの着艦を最優先にしてください。針路をステアトルの航路に重ねて」

「了解です」


 ステアトルには瀕死のクルーが乗っている。見捨てることなんて叶多にはできない。


 例え本艦が多少のダメージを被っても絶対にあきらめない。机へついた両手の拳に力が入った。


「敵編隊が複数に分離。本艦を取り囲むように布陣しています」

「105体のドラゴン……ですか」

「艦長?」


 独り言ちるように叶多が呟き、砲雷長が首を傾げる。


 これは武者震いなどではなく恐怖。無知なまま実際に戦いを交えてから覚えた『人を殺すこと』への抵抗だ。


 もしこれに人が一人乗っていたら105人、全機撃墜でそれだけの人を葬れてしまう。しかも自分の見えないところで、発射スイッチを押すだけでその結果が手に入る。


 ……敵だって人間だ。家族だっている。けれど躊躇えば隙を与えてしまう。


「副長、マイクいいですか。艦長、聞こえますか」


 ステアトルと繋がっていたヘッドセットから榎本の声がした。


「榎本曹長! 絶対に艦で助けますから!」

「さっきから頭がぼーっとし始めて……艦までは持ちません……艦の安全を最優先にしてください」

「できませんそんなこと! 必ずステアトルの進路を確保して」

「俺はもうダメなんだよ……傷から血が止まんねぇっすから……」


 榎本は啜るような声で叶多に呼び掛けていた。


「しくちまったのは俺の責任です……はぁ。もう一度、艦長にジュースをご馳走できれば悔いはねぇんですがね……」

「馬鹿なこと言わないでください……私が迂闊だったんです。最初からこのことに気づいていれば」

「最後に一つだけ良いっすか」

「ダメですよ……帰ってきてまたカレーを食べましょ。ね?」

「ははは……それ、良いっすね。でも叶いそうにないや……」


 その通信を最後に声は途切れ、絵里や第六分隊のクルーが意識を連れ戻そうと遠くで呼び掛けていた。


 しかし、


「ダメだ……心拍も戻らない……死んでる」


 その言葉が耳に届くや、叶多の心に二つの感情が芽生えた。


 一つは自分の船のクルーを殺してしまった無力さや自責。迂闊に判断した自分が招いた結果を受け入れたくないというもの。


 そして二つ目。彼を殺した奴らへの憎しみ。人を殺すことへの抵抗感や恐怖感が一気に晴れ渡って叶多を突き動かす。


「皆さん。これからの行動の全ては私が責任を負います。だから、皆さんは気にしないでください」


 それは正義感というよりも復讐という方が近いかも知れない。似たような感情をここへ来る前に抱いたことがある。


 私への虐めが始まった最初の頃だ。一矢報いてやると誓ったあの日の滾るような闘志。叶多は深呼吸を一度してモニターを睨んだ。


「総員、対空戦闘用意」


 もはや躊躇う必要なんてない。彼らは敵対することを選んだのだから。


 『はるな』は105体のドラゴンと交戦を決意した。イージスシステムの全能力をもって、彼らに復讐してやる。


 叶多は心の中で呟いたのだった。


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