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第28話

 飾り気のない青い絨毯を真紅に染めながら——。


「階段クリアっす!」


 榎本を先頭に『はるな』の交渉班は脱出を試みていた。


 敵の装備は剣や弓、そして魔法使いが詠唱する魔法弾。廊下に出た瞬間の遭遇では驚いたが、詠唱に時間が掛かる魔法は小銃の敵ではなかった。


 音速を超える弾丸の前には防御魔法や彼らの盾はないも同然で、簡単に貫通する。


 何より六分隊の任務は不審船の臨検や海賊船対処が主で閉所での戦闘が基本。この状況は訓練と何ら変わりない。


 顔色一つ変えずに淡々と敵を処理していく彼らの真ん中で、絵里は足を止めないよう必死に歩く。


「ステアトル、目標まで八キロ。ランディングゾーン付近に多数の敵影を認む」

「ヘルファイアで正面玄関の敵を吹き飛ばして」

「了解。FLIRオン」


 伊吹は指示通り、玄関のドアとオリントの兵が待ち伏せる庭へ対地ミサイル『ヘルファイア』を発射する。


 射程8キロ。約30秒間を飛翔し、着弾。レーザーによって誘導されたミサイルは屋敷の玄関と庭の敵を粉砕する。


「着弾。ヘルファイア、残ゼロ。残存する敵は任せる」

「持ってきて正解だったわね。先を急ぐわよ」


 鼓舞して絵里は先を急ぐ。


 何回かの銃撃戦を潜り抜け、玄関に辿り着く。落ちたシャンデリアの破片を踏みしめながら、燻る木の扉を横目に外へと走った。


 ヘリの風圧で髪がなびく。タイミングはバッチリだったようで、上空を旋回して降りられそうな位置を探っていた。


「中は?」

「制圧しきってない。ドアガンを撃ち込んでやりなさいっ!」

「ガンナーレディ」


 重々しい銃声と共に大口径弾が降り注ぐ。


 鉄板さえ貫くフルメタルジャケットの12.7mm弾が撃ち込まれればどうなるか、考えなくても分かる。


 一頻り射撃すると既に敵は戦意を欠いていた。絵里や『はるな』のクルーに近づこうとする者は愚か、姿すら見せようともしなくなっていた。


 ここでの勝負は決したと絵里は勝利を確信する。

 ヘルファイアの一撃で死屍累々となった庭を横切ったとき、伊吹が切迫した声色で無線に呟いた。


「絵里さん。『はるな』がまずい。回収してもしばらく帰れないかもしれない」

「どういうこと?」

「相当数の敵に包囲されてる。数は不明」


 『はるな』は海の上の城だ。敵は空を飛んで包囲するしか方法がない。


「とにかくここから脱出しましょう。船も心配だけど、このままじゃいずれ私達だってやられてしまう」

「ラジャー」


 手際よくヘリは着陸。死体の服を風圧で揺らしながらキャビンの扉が開き、


「副長! 乗ってください!」


 ドアガンを操作していたクルーが叫んだ。ヘリの元へ走って乗り込もうと足をかけた。


 その時――咄嗟に榎本の手が絵里をキャビンの中へと押し込んだ。


「危ねえ副長!」


 声が先か、抜刀の鋭い金属音の後に鮮血が機内に飛び散る。背中から突き刺さったのは太く強固な剣。


 腸を貫き、絵里のすぐ目の前まで来ていたそれが抜かれると、崩折れた榎本の後ろに片腕を失った騎士が現れる。


「クソッこいつっ!」


 すぐ横にいたクルーが弾丸をぶち込む。瀕死の重傷にさらなる追い打ちを喰らい風穴だらけになった男は、目をひん剥いたまま地面へ突っ伏した。


「榎本曹長っ! しっかりしなさい!」

「ははは……しくっちまったかな俺」


 黒いボディーアーマーに血が染みる。出血を抑えようと手を宛てがってはいたが傷口は広い。


 絵里はキャビンに引きずり込んで交渉班全員の収容を確認する。ヘリはすぐさま『はるな』へ向けて離陸するが、状況は混沌を極めていた。


「ステアトル、交渉班を回収。榎本曹長が重傷。医療班を待機させて」

「柊です! 榎本曹長は大丈夫なんですか?!」

「俺なら大丈夫だ……推しに帰るって誓ったんだ。安心してくだせぇよ艦長」


 息も絶え絶えに答えていた榎本だが、その顔色は時間とともに白くなっていく。


 一刻も早く収容しなければ持たない。絵里がそう告げようとしたとき、ヘリが拾ったデータリンクの情報がその可能性を絶やした。


「飛行長、『はるな』のレーダーが敵航空機を捉えています……総数105!」


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