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第26話

 戦闘空域を避けて飛んだステアトルは、無事にミラマリンの海岸へと到達した。


「副長、『はるな』は戦闘に突入したんすかね?」

「自衛のためなら仕方ないでしょうね。少なくとも叶多は死ぬ気なんてないわよ」


 榎本のそんな不安を拭うように絵里は胸を張って言うが、前の戦闘の直後を思い出す。


 あのトラウマを想起して戦えなくなる可能性は十分にある。


 守るためならば相手の命を奪うことは悪いことじゃない。日本にだってやむを得ず相手を傷つけたり殺してしまった場合には正当防衛が認められる。


 クルーと対する敵との命を天秤に載せて踏ん切りがつけられるかだ。


「叶多……選択を間違えないでね」

「その心配はないと思う。近づく機影が消えた」

「杞憂だったみたいね」

「流石っす艦長」

「榎本曹長。この機内では良いけど、ついたらその口調はやめなさい」


 砕けた話し方を指摘されてあっと思わず口を抑える仕草をした後、


「了解しました副長!」


 と言い直して顔を引き締めた。


 交渉の場は首都とミラマリンの丁度中間地点『カルム村』。平野の森を切り拓いて建てられたレンガ造の家屋郡にその中央で鎮座する周りとは明らかに異質な石造りの外壁。


 建築様式が違うのか、堅牢そうな壁に囲われた小さい城のような屋敷。


 恐らくここはエリーゼ王国の持ち物ではないと絵里は確信する。


「総員、これより異世界人と一切の接触を禁じます」

「接触禁止と言いますと?」

「物を貰う、話すことよ。恐らくあそこは敵中。絆されたら、引き金が引けなくなるわよ」

「りょ、了解」


 鋭い刃物のような人だと榎本は思うが、口に出すとまたいらない説教を喰らうから留める。


 ヘリが屋敷の庭に堂々と着陸し、キャビンの扉が開かれた。


「副長、ご武運を」

「伊吹達も気をつけて。待機中、危なくなったら船に戻ってもいいから」

「了解。でも必ず迎えに来る」

「その言葉、信じてるわよ」


 コックピットで親指を向けた伊吹にウィンクを返して、絵里は庭の若草に足をつけた。


 全員が降りたのを確認すると、ヘリはすぐさま離陸して待機地点へ飛び去っていく。髪を揺らしていたローターの猛烈な風がそよ風になると、機影は米粒ほどの大きさになり視界から失せる。


「普段は厳しい副長もあんな可愛げのあることをするんすね」

「うるさいわね榎本」


 誂われて照れ臭そうな顔をした絵里だったが、すぐに引っ込む。


 屋敷の入口に整然と立つ数十人の男達。大半は灰褐色に赤や青のエングレーブを飾った鎧やローブに包まれた兵が道を作る。


 その先、黒へマリアブルー線を挿した神官服に身を包む男が一人。両手を広げ、こちらへ柔和な笑みで出迎える彼が今回の交渉相手だとすぐに分かった。


「ほう。それが異世界の民の正装という訳ですか。なかなか興味深いですねぇ」

「駆逐艦『はるな』副長の神無月 絵里です。お初にお目にかかります」

「これはこれは。遥々、長い旅路ご苦労でした。私は『ハンス・デゥオルクス』。国王陛下より交渉を仰せつかっています。時間も惜しいですし、早々に始めてしまいましょう」


 その微笑みには邪悪さを秘めているように写り、絵里は心の中で警戒レベルを上げた。


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