目標の数は4体。CICの青いレーダー画面に表示されるそれを叶多はもう五分ほど静観している。
「目標、なおも近づく」
「針路は」
「変わらず、こちらへ向かってきます」
「ステアトルに回避コースを指示してください。目視距離に入ったらブリッジから目視による確認をお願いします」
「了解」
向かってくるのが航空機なら、敵味方識別装置が役に立つ。逆にミサイルであるならばECMが誘導のための電波を捉えてくれる。
しかし異世界だ。現代のセオリーは通用しない。
この目標が『敵』であるかの判断がつかない。今、頼れるのはフェアリの感覚だけだ。
「フェアリさん、向かってくるのは何だと思いますか?」
「探知してるのはボルケイノの魔力核だが……群れになって飛ぶのは珍しいな」
「ボルケイノ?」
「ドラゴンの一種だ。気性が荒く攻撃性が高い上、口から放たれる魔法弾も石材を粉々にする威力がある。並みの剣や矢、攻撃魔法では貫通できない鱗を持ち、人間には使役が難しいとされる」
「野生と考えても良いでしょうか?」
「見つかれば厄介だが、視野が狭い。恐らくこちらを捉えてはないと思う」
「ありがとうございます。取り舵20。進路を2—7—0に向けてください」
舵を切ってドラゴンの進路から針路を取る。
資料は擦り切れるほど読んだつもりだったけど、この世界の国や情勢に目が行きすぎていたと叶多は内心で反省した。
これでひとまず危機は脱した——安堵の溜息をついたとき、
「目標が進路を変更。本艦の右90度につけました」
まさかの変針。そしてまたしてもこちらへ向くコースに再びつく。
これは偶然?
叶多も対応してさらに変針を指示するが、向こうもそれに応じて追ってくる。三回ほど、そんなやり取りを繰り返して、結論を出した。
「相手は意図してこちらを追ってますね」
「ボルケイノを使役してるとなれば、どこの連中か見当はつく」
「すると、またフェアリさんを?」
「この艦を、かもしれない。戦うというのなら私も加わる。守られてばかりでは魔導士として示しがつかない」
「ちょっと待ってください。外に出るのは危険です」
「待つって空を飛んでいる相手だぞ。逃げるにしたってこの船の足じゃ振り切れないし、強力な砲があっても届かん」
「大丈夫です。むしろ、空の敵を相手にする方が得意ですから」
叶多の言葉にフェアリは惚けた顔をした。
確かに異世界じゃ空が飛べることの優位性は高そうだ。相手が私達で無ければ、圧倒的な力の差だって見せつけただろう。
「目標から飛翔体が分離。数4、距離20マイル、速度205ノット」
「ECM、分離した飛翔体から電波を探知。本艦への攻撃と思われます」
レーダーと電子戦担当のクルーが叫ぶように報告する。魔法弾が発射されたと叶多は推察した。
「対空戦闘、分離した先頭四発に照準。
「前甲板VLS、ESSM発射。
主砲の真後ろ、垂直発射装置の蓋が開くと、白煙を上げてミサイルが打ち上げられる。
三、四発と間髪入れずに発射されたESSM。ブースターの燃焼が終わり航跡雲が消えて、その姿は大空に隠される。
レーダー波では魔法を捉えられているならミサイルは迷子にならない。
「終末誘導はアクティブシーカーで大丈夫です。イルミネーターは温存して」
「了解です」
「あ、あの叶多」
「今は話し掛けない方が良いと思いますよ」
不安そうなフェアリが叶多に声を掛けようとしたとき、ソーナーブースから顔を出していた琢磨がそれを止める。
「やはり、私も戦いに出る。この船の強さは以前に見た。だが相手はドラゴンだぞ。攻撃が届かぬまま、一方的になぶり殺しにされるなど」
「こちらとしては、飛んでいた方が都合が良いんですよ。艦長も言ってたでしょう?」
「……分からん」
「時期に見れますよ。百聞は一見に如かずです」
得意げな琢磨の顔には腹が立った。
しかし空の敵が得意というのは何なんだ。エリーゼの騎士や魔導士、冒険者もボルケイノを相手にしたら腰を抜かす。
この連中が死のうなどとはない。ならばなぜなのか。
「蒼のメデューサ——叶多は昔、そう呼ばれていたのだよな?」
「懐かしいですねその異名」
「ならばなんだ」
「こちらの世界の神話。どんな攻撃をも跳ね返す楯を持って、見た物を化石に変えてしまう化け物を打ち倒したという話があるんです」
琢磨は淡々と語り出した。
「名は『アイギス』。それを受け継ぎ、最強の防空システムとして開発されたのがこの『イージスシステム』です。数百個の航空機を探知するレーダー、識別から脅威度の判定を行うプロセッサー、攻撃を行う各種武装。勿論、それを使うのは人間です」
「ESSM、インターセプト5秒前」
「そして僕達が居た『ウォーナーヴァル』の世界で最もシステムを使いこなしていたのが彼女『柊 叶多』です」
「
琢磨の話の裏で、ミサイルは魔法弾を迎撃。右舷の空では散った魔力が爆発炎で緑色に輝いていた。
「蒼のメデューサとは僕達に攻撃を仕掛けてきた誰かが、片っ端から落とされていく味方を前につけた仇名のようなものです。迫ってくるミサイルの雲が蛇に見えたとかで」
苛烈だった戦闘を思い出したのか、どこか感慨深いと琢磨は笑って話した。
「ならば、勝てるのだな」
「まず負けることはないでしょう。艦長を見れば、どことなくこの世界での戦い方を掴みかけていると思うので」
実際、電子攻撃であのデカ物を追い返したことには驚かされた。
咄嗟に思いつく手ではない。やはり、自分ではとても届かない優秀な艦長なのだろうと琢磨は羨んで、フェアリから目を外した。
「反撃しますよ。ESSM四発。攻撃始め!」
追撃の間を与えない。瞬発的に『はるな』のVLSはミサイルを放ち、残ったドラゴン四体をものの数分で撃墜した。
フェアリは畏怖する。彼女達は絶対に敵になど回してはならないと。