夕方になって、生存者の捜索は完全な終了を迎えた。
結局助け出せたのは三人。血眼になって探したものの見つからず、フェアリの魔力探知にも反応はなかった。
ひとまずカントに身柄を預けていた生存者達と叶多は顔を合わせる。
一人はエルフのような長い耳に鋭い八重歯をにっと見せる少女、もう一人は袖や裾が破れてみすぼらしい姿の町娘。疲労で表情は暗く俯きがちな翡翠の瞳は深い絶望を見据えているようだった。
そんな二人に叶多はチョコバーを差し出す。
「これは?」
八重歯の少女が首を傾げながら尋ねた。
「チョコバーです。美味しいですよ」
「なるほど」
受け取ると器用に包装をはがしパクつく。
この娘は思いの外元気そうで何よりだが、翡翠の少女は手を伸ばそうともしない。
眼の前で大切なものを失ってしまったのだろうか。心配で叶多も座って半ば強引に握らせる。
「食べたくない」
「気が向いた時でいいですよ。お腹が減って何も無いよりはマシですから」
飢餓の苦しみは幾らか知ってて話す。イジメグループに弁当を捨てられたこともあったからだ。
慈愛の笑みを浮かべて叶多は今後を考える。
「少しよろしいかな、叶多」
訝る顔に気難しそうな表情でカントが寄ってくる。
「実はな」
重苦しい口調で始まった話に叶多は耳を傾ける。
「生存者の受け入れができない?」
「情けない話なのだが、街はこの惨状だ。本来、避難民を受け入れるはずの砦はミラマリンの衛兵諸共、消滅してしまった。私の邸宅も王都より復興のために来る商人や警備の兵達で埋め尽くされてしまう。それで提案なんだが、そちらの船で受け入れては貰えないだろうか?」
「ですが、私達の船は戦闘艦です。万が一の事があっても責任は取れません」
「確かに危険はつきまとう。しかし貴女方が普通の船ならばこんな無謀にも思える望みは言わない。だからどうか一つ、お願いできないだろうか?」
『はるな』に来賓用や客人用の部屋はある。全員が女性なので部屋の数も足りているし、最悪ならば相部屋という手もある。
問題はそれ以前の話だ。戦闘艦である以上、命のの危険は常に伴う。船が被弾しないなんてことはあり得ないし、当たりどころが悪ければ死ぬ。
しかしここで拒めば彼女達はどうなる。死の淵から這い上がったばかりなのに放浪させるなんて居た堪れない。
二分する心が言葉を噤んだ時、エペの視線が重なる。まるで捨てないでと語るような、無邪気で汚れのない瞳は叶多にとって決断させる発破剤であり、麻薬でもあった。
「……命を落とすかもしれないし、自由を約束できるわけでもないですがそれでもいいのなら、私達の船に来てください」
無責任ではあると言葉にする自分が一番自覚している。
三人は見合ってから叶多に頷いた。
「では決まりかな」
「ですが、彼女たちが安心して暮らせる国についたら降ろします。これが条件です」
「最大限の支援は約束しよう。後日、報酬と合わせてフェアリに届けさせる」
「報酬? なんのです?」
「生存者の受け入れのだ」
思わぬ形で舞い込んできた話だが、叶多は首を振って
「受け取れませんよ」
「なにゆえ?!」
「私達は助けたいから助けたんです。見返りを求めてやってきたわけではないですから」
ただ助けを求める声に応えたまでのこと。見返りなんていらない。
「私達はこれで引き上げます。また何かあったら、フェアリさんまで」
そう言ってカントに背中を向けると、クルーの一人が無線機を携えてきた。
「艦長、ステアトルからです」
「ありがとうございます。変わりますね」
ヘッドセットを受け取ると伊吹から着陸する旨の報告をされ、ヘリが直ぐ側まで降り立った。
叶多は生存者の三人を連れて『はるな』へ引き揚げる。
なんと頼もしい人たちなのだろう。魔力こそ皆無だが、その勇気や志は並の衛兵なんかよりも大きい。
飛び立つヘリを見送りながら、カントはますますその力が魅惑的に映るのであった。