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第20話

「せぇーっのっ!」


 瓦礫の下から微かに聞こえる声。それを頼りに積み上がった瓦礫を一つずつ退かしていく。


 第二陣のヘリはまだ到着しない。昨夜からここで生き埋めになってたのだとしたら、体力の限界もそろそろ近いはず。


「私も手伝おう」


 カントも加わり、衛兵たちも見ているだけとは行かずに鎧を脱いで叶多達の周りに集った。


 傍目の彼らは屈強の二文字が人になったような大柄の肉体で、日頃の鍛錬の過酷さを物語っている。


 そんな彼らにも負けず劣らずのカントの体つきもまた凄まじい。公爵と聞いてまず叶多が想像するのは礼服の上からでも分かる弛んだ腹とふてぶてしい顔つきだ。


 人手が増えると重い瓦礫も難なく退かすことができ、呻き声の元へたどり着く。


「さぁ、私の手を取って!」


 叶多の細く華奢な腕を小さな両手が掴んだ。精一杯の力を込めて引くと、中からは砂埃に塗れた幼女が現れて、くりくりの丸い目を眩しそうに細めた。


「怪我はない?」


 身体を払ってあげながら問うが、幼女は困ったように頷く。


「他に人はいる?」

「……いない」

「そっか。よく頑張ったね」

「頑張った?」

「暗い所で一人、怖かったのに助けを呼べた。だからよく頑張りました」


 鮮やかな紫色の髪を撫でてあげると強張った表情がだんだんと柔らかくなっていく。


 ここの生存者はこの子だけだ。


「お名前は?」

「名前?」

「そう。貴方のお名前」

「私……誰だっけ」


 ずっこけそうになるのを堪えてしばし待つと拙い口調で言う。


「エペ……エペ・フラグランス」

「エペちゃん?」

「うん」 


 意識がハッキリして受け答えもしっかりしていた。


「榎本曹長。確か物資の中に食料ありましたよね?」

「戦闘糧食になりますが」

「チョコバーぐらいなら大丈夫でしょう。一つ……いえ三つぐらいお願いします」


 会話を覗いていたカント達の視線が気になって数を多くする。


 ウィンクをして頼むと、一瞬面を喰らったような顔をしてから足早に取りに行った。


「叶多、失礼だがチョコバーとは?」

「食料です。百聞は一見に如かずですよ」


 榎本曹長が戻ってきて、エペにチョコバーを開けてやると貪るようにかぶりついた。よほどお腹が空いていたんだと叶多は食事にありつけたエペをまた撫でる。


「お姉ちゃんのそれ、気持ちいい」


 傍から見たら餌付けではと思いつつ、あっという間になくなったチョコバーの袋をエペから貰った。


 街での捜索はいつの間にか再開されていて、艦からの第二陣も加わり範囲は広がる。


 しかし瓦礫の中から人の声は愚か、生命がいた痕跡すら感じられない。まるでここには人がいなかったような不気味な静けさに叶多は訝る。


「コービット殿下、ここにはどれくらいの人が住んでいたんですか?」

「およそ3000。しかし、もはや影も形もない」

「影も形もない?」

「もうじき分かる」


 カントの言葉の直後、地面から神々しい無数の光が空へ打ち上がっていく。何事? と光から目を逸らす様に空を見ると、様々な色の光が球となり遥か水平線の向こう側へと飛んで行った。


「クティオケテスは死者の魔力核を食べて生きる。魔力が弱くなれば人や弱い魔獣を殺して魔力を高める」

「……ここが襲われた理由も何となく理解できました」


 別に人間を食べなくても生きていけるはずだ。けれど沿岸のこの街を狙ったのは餌が多いからというのに他ならない。


 エペのように空腹に苦しんでいたから、一撃で全てを薙ぎ払った。人間のような慈しみや命の糧として有難がる感情なんて微塵もない。


 冷徹で獰猛な殺人マシーンだ。


 尚更、あの魔獣を放っておけなくなった。


「私達が盾になります」

「盾?」

「クティオケテスからエリーゼ王国を守る盾に。私達の力は誰かを殺す為じゃなく、誰かを守るためにあるのですから」


 真剣な眼差しで叶多は宣う。


「やはりあなたは勇ましい」


 カントは光が集う海を見て感嘆した。


 その勇ましさと慈悲深さが利用される。柊 叶多という人物の底が知れてきた彼の微笑に、心の読めない叶多も合わせていた。


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