支援物資を吊るした艦載ヘリ『ステアトル』は叶多や支援のための要員を乗せて発艦する。
夕日に変わりつつある空を飛び、やがて視界いっぱいに広がっきたのは混色の瓦礫の山。その広さと言い量と言い、元の街並みは知らなくともかなり栄えていたのだと見て取れる。
ヘリが港町の中心であった広場に食料や水が入ったクレートを置くと、すぐ傍に着陸して叶多と完全武装のクルーを四名ほどを下ろす。
「第二陣を乗せてくる。気を付けて」
淡々としている伊吹に、
「伊吹さん! あの」
「何?」
「いろいろとありがとうございました」
思考がこんがらがったあの時に言えなかったことをさりげなく口にしてみる。
伊吹の反応は一つ頷いただけ。薄情に思えて、それがクールな彼女らしく、ヘルメット越しの微笑はガラスの反射の向こうに消えていった。
伝わっただろうか。そんな心配を抱いていると掻き消すように、
「艦長。生存者の捜索を始めます」
「よろしくお願いします。私はここでコービット公爵を待ちます。誰か護衛に付いていただけますか?」
「自分がいるっす。あ、付き添います!」
挙手をして前に出てきたのは榎本曹長。食堂でのジュースじゃんけんの記憶が鮮明だが、完全武装の彼はあの時のノリが良い印象とは程遠い。
「お任せします。生存者を見つけた際は各自の判断で救出、支援物資も惜しみなく使ってください」
敬礼し、三人は叶多の元から散って行った。
「食堂ではご馳走様です」
「いやいや! 艦長に召し上がっていただけて光栄の至りであります」
「本当ですか?」
「そりゃもう! 推し——じゃなくて、尊敬する上官の方ですから」
本音がダダ洩れでクスっとなる。爽やか系の端整な顔立ちにはまだあどけなさが残っていて、まるで後輩を持ったような気分だ。
「あ、一応これ」
思い出したように榎本がホルスターから拳銃を引き抜く。
「護身用です。持ってないでしょう?」
「榎本曹長がいれば大丈夫ですよ。それに、今回会うのは敵じゃありませんし」
護身用にと渡してくれたが、叶多は断った。
現実世界では扱ったことがないし、暴発でもしたら大変だ。素人同然なのでここは彼に任せることにした。
そんなやり取りをしていると、カタラカタラと馬の音がする。
振り向けば、馬の群衆が向かってきていた。跨るのはフェアリと同じ紋章の騎士とその護衛に囲まれる白と赤の礼装に身を包んだ男。
隊列を一切乱さずに止まると、騎士たちは掃けて礼装の男が叶多の前に降りる。
「貴殿が柊 叶多か?」
「そうです」
「遅れてしまったことをまずはお詫びする。私はミラマリンを統治する貴族筆頭コービット家、当主の『カント・コービット』だ。無理な願いを聞いていただき、感謝する」
跪いて手を取ろうとしたので、叶多は挙手の敬礼で答えた。
「貴様! 公爵殿下の御前で何を!」
カントの挨拶を無碍にしたと護衛の騎士が剣に手を掛けた。
「止せ。彼女達は異世界人だ。その挨拶が異世界では主流なのだろう?」
「私達のような戦闘艦に乗る者はそうですね。でも一般的な物はお辞儀というんですが」
帽子を取って深々と頭を下げて見せる。
異文化交流と言うのは難しいと思う。実際にフェアリの時も拒んでしまいそうになったし、慣れておかないと色々と不便だ。
「しかし随分と若いのだな。失礼だが歳は?」
「十七歳です」
「私の娘と同じだ」
カントは眼を丸くした。娘と同い年の子が凛々しく果敢にクティオケテスに立ち向かい撃退した。
我が娘も彼女のように逞しくなって欲しいと切に願った。
「しかし本当に強いのだな」
「私だけの強さじゃありませんよ。船とクルーの皆さんがいなければ、私なんてただの人間なんですから」
自虐気味な叶多は遠くを見据えた。
謙遜さも申し分ない。コービット家に来てくれるなら、とカントは考えた。だが真っ直ぐと海を見据える視線にすぐ改める。
「君達はまだクティオケテスを討伐しようと思っているのかい?」
「はい。あんなのを野放しにしていたら私達の航路が滅茶苦茶になってしまいますから。それにフェアリさんに借りもありますし」
「貴殿たちの航路か。それは、一体どこへ向かっているのか、教えてもらえるか?」
「現代……私達の世界です。そう、クソッたれな世界」
小声で言った叶多の罵倒をカントは聞き逃さず訝った。
再び目が遠くを見ている。あぁそうか、その眼は先の戦いを見据えているものではないのだと気づく。
真意には何がある。問おうと口を開こうとしたとき、
「艦長! 生存者です!」
捜索に出ていたクルーの一人が叫び、叶多はその場所へと走り出した。