「なるほどな。異世界からの来訪者と」
「はい。コービット公」
公爵邸の応接間。灰色の暖炉と壁にかけられた聖剣の横でフェアリが跪くその先。
ミラマリンの領主『カント・コービット』は穏和そうな目を細めて独り言を呟くように言った。
彼女から聞かされた異世界からの来訪者とその素性。向けられた刺客を一撃で葬った能力やクティオケテスを撃退してしまったことまで。
「その船の目的が気になるところだ。船のリーダーは誰か分かるか?」
「柊 叶多。かなり若い、というよりは少女と言っても良い風貌の女性です」
「若いが故にその目的が計り知れない、ということか」
コクリと肯くフェアリにカントは眉間に指を置く。
クティオケテス撃退した連中だ。その武力で何か要求されれば従う他あるまい。
若いが故の非合理的な行動。目先の利だけを求めて突っ走ってもおかしくはない。
しかしそれならば餌をチラつかせれば懐柔することだって叶う。我が国にも、我が良き友人にも頼もしい戦力になり得る。
考え込むほどの時間は要さず、カントは広角を上げてフェアリの顔を上げさせた。
「そのヒイラギという者と会ってみたい。できるかな?」
「一団の長です。容易に出てくるとは考えにくいですが」
「君の仲介ということなら信頼もあるだろう。頼めるかい?」
断れる事柄でもなく、フェアリは受諾した。
新品の魔装を受け取り着替えると、颯爽と彼女は庭から飛び立っていく。
カントは三つ頭の獅子の刺繍をあしらった後ろ姿をまるで醜い物を見るような目で睨みながら、使用人の一人を指名して呼んだ。
応接間に入ってきたのは一人のメイド。人形のように艷やかな白亜色の肌に成長期の華奢な体つきの彼女は、カントの前に跪くと優しく掌に接吻した。
「あの船、『はるな』と言ったかな。潜り込めるかなキリア」
「勿論でございます。カント様」
「くれぐれも内密にな」
「承知しました」
「我が友人のために」
『キリア・ククール』は主の命を受けて公爵邸を発った。
伊吹は話し終えると、逃げるように艦長室から出ていってしまった。
「助けたかった。あんな仕打ちを受ける叶多を。でも怖くて勇気が出なかった。こんな私を許してくれる?」
頷くしかできなかったのは頭がパンクしていたからだ。
彼女が虐めていたわけではないし何も悪くない。許しを請うことなんてない。
むしろ謝るのは私の方。恩人の顔も声も知らず、ただ学校の人間と決めつけて怯えていた。
それを伝えるにも伊吹はもういない。
艦長室の天井を眺め、呆然としていると再びノックが鳴る。
「フェアリさんが戻られました。上陸許可が降りたみたいです」
「あっはい! すぐに艦橋に行きます!」
考えている余裕さえなかったと叶多はタイミングの悪さを憂う。
艦橋へ登ると、フェアリが士官用の迷彩服から最初に見たときのようなローブを纏っていた。
「着替えたんですね」
「私に一番似合うのは魔装しかないようだ。余計な魔力を通さない結界の役割もあるから、魔法を扱うのも幾分か楽だ」
「魔装……やっぱりファンタジーですね」
騎士の鎧や魔法使いの服などを魔装と言い、周囲に発生する余計な魔法や魔力から自分の術式を守る役割がある。
所々に銀の刺繍線が入るローブは鮮やかで、背中に描かれた王家の象徴『三頭の獅子』が荘厳さも備えている。
すっかり漂流者から魔道士の風格になっていた。
「上陸許可は降りたのだが、条件付きだ」
「条件?」
「コービット公が面会したいと申し出ている。艦長の貴方に」
「私に?」
「支援への感謝を直接述べたいと」
「艦長は多忙につき、艦を離れられないわ」
遅れて艦橋に上がった絵里が割って入る。口ぶりはつっけんどんで何処か冷ややかだ。
「作戦行動中よ。コービット公にもそう伝えなさい」
「では上陸は不可能だ。諦めることだな」
「なら私が会うわ」
「副長?」
「公爵って言ったら街どころか国の政治にも関わるような大物の領主よ? そんなお偉いさんがわざわざ叶多を指名してくるあたり引っ掛かるのよね。何を話したの?」
女の勘か。絵里は睨むようにフェアリに問う。
叶多が操艦や戦闘に長けているが、対人コミュニケーションや駆け引きは社会へ出ている絵里達の方が秀でている。
「何が言いたいんだ?」
「上手く言い包めてないかって話よ」
「言い包める?」
「例えばこの艦の戦闘能力とかね。政治的なゴタゴタに巻き込まれるのはごめんよ」
それは叶多も同意して肯くが、どことなく啀み合う二人の空気感に堪えきれない。
「あ、あの。私達、何も敵対してるわけじゃないんですよ?」
「わかってる。でもね、叶多みたいな純粋な願いを利用しようとする奴だって沢山いるのよ」
「わかってます。でも私達の敵は共通にいる。疑い合ってちゃ、埒が明かないですよ」
半ば仲裁のようになっていたが、二人は叶多を見て冷静になる。
「……そうね」
「だから私が行きます」
「っそれとこれとは」
「私が直接出向いて話をします。心配なら機関長か佐藤さんをご一緒してもいいですよ」
真剣な眼差しに根負けした絵里が複雑な表情をした。
相手の要求を飲んだのは自分たちの意思や目的を直接伝えたかったことと、ミラマリンの現状をこの目で見たかったからである。
叶多は艦長室へ戻ると、式典用の白制服をロッカーから引っ張り出したのだった。