大量の書類が積まれた山を見て、叶多はげんなりしていた。
異世界への転移から船の統制ばかりに気を取られ、完全に頭から抜けていたのだ。補給品のリストに訓練内容とスケジュールの検討、対クティオケテスに対する作戦計画や上陸許可が降りなかったときの予定変更も思案しなければならない。
フェアリが帰ってくるまでに終わるだろうか。
量に不安を覚えながらも無心で事に当たったら2時間程度で終わってしまった。
我ながら見事な仕事だったと感心していると、扉をノックされる。
「どうぞー」
「フライトの終了報告」
「高島さん、お疲れ様です。急なお願いしてすいませんでした」
「慣れてる。潜水艦が突然来たときもこんな感じだから」
叶多は苦笑しつつも、応接用のソファーに座った。
終了報告と言っても、フェアリを送り届けるタクシードライバーのような任務で面白みがなかったと思う。私だったら眠たくなってしまう。
それでも真面目にこなしてくれるのは伊吹の取り柄。燃料の消費量と機体の状態の報告を受けて、叶多は心からの感謝を口にする。
「ありがとうございました。おかげでこれからの任務が少しばかり早く進みます」
「うい」
「何か飲みますか? 士官室係に持ってきてもらいますよ。あ、補給品の中に炭酸ジュースがありましたからそれにしましょ」
一通りの仕事は片付いて時間もあるからじっくり話したい。
艦内電話で食堂から飲み物を頼もうとしたとき、伊吹の手が袖引っ張ってきたことに気づく。
「どうしました?」
「私の顔、変かな?」
叶多は思わず首を傾げてしまった。
感情の起伏は激しくないタイプで顔には出ないし、言われれば仏頂面かもとは感じる。
どこか達観した雰囲気の伊吹のイメージが質問に違和感を発起させた。
「変?」
「叶多はこっちの方が好き? 明るくてもっと活発なのが好き?」
「あーなるほど。どっちも好きかな」
「強いて言うなら」
結構グイグイ来るな。若干引きぎみになりつつ、
「私的にはそのままの方がいいですね。無理して明るく振る舞ってもストレスですから」
「そう」
「なにか言われました?」
「あの魔法使いに仏頂面は似合わないって」
俯きがちな伊吹。多分しょんぼりしてるんだろうと見て取れる。
「気にしちゃだめですよー。むしろ、こっちの方が職人さんって感じがして好きですもん」
「本当?」
「本当本当」
素直な答えだ。伊吹も立ち直って、小さくガッツポーズしていた。
その仕草が愛らしくて叶多はクスッと笑った。顔には出ないけれどとても素直な人なのだ。
聞いていたのか居直って、二人はちょうど届けられたサイダーに口をつけた。
爽やかな炭酸の刺激に砂糖の甘さが余韻に残る。異世界にもこのような飲み物はあるのかなと疑問になりつつ、グラスを置く。
「あのさ叶多。一つ言わなきゃいけないことがある」
今度はちゃんと名前を呼んできた伊吹。目を合わせようとするが、照れてるのかモジモジとしながら目を泳がせている。
何か大切なことを伝えたいのかと叶多はじっと待つ。暫しの沈黙から一息ついて彼女は言う。
「あの携帯。置いたの、私」
叶多は恩人を前にして、グラスを取ろうとした手が止まった。