エリーゼ王国領『ミラマリン』上空。
雲一つない青空の下、パールホワイトのボディに黒灰のプロペラを回す哨戒ヘリ『ステアトル』は、かつて港町として繁栄した瓦礫の山を視認した。
「あれがミラマリン?」
「そうだ。だが地形が少々変わっている」
「どこに降りる?」
「この丘の向こう。ミラマリンを治める『コービット公爵』の邸宅がある。その庭へ」
「分かった。旋回して状況を確認する」
伊吹はヘリをその方角へ向ける。
「不思議な感覚だな。鎧を着たまま飛んでいるみたいだ」
「飛ぶ魔法とか、ないの?」
「ないわけではない。だが重たすぎると上がらない」
飛行魔法は自身の重量が重たければ重たいほど消費が大きい。
丘を超えると、稜線から大理石の豪邸が姿を現す。一面が家のような青い屋根で庭も大層に広いが、色鮮やかに咲き誇る花々を踏みつぶす気にはなれない。
「良い屋敷だ。丘の後ろというのも地の利を活かしている」
「王国の武神『タリズ・コービット』の末裔だ。海岸から来た敵を迎え撃つには良い」
「魔法は? 上から撃ち下ろされる」
「結界が常時張ってる。簡単には破られないさ」
フェアリは自信ありげに答える。「なるほどね」と淡白な伊吹の返事。
「ホバリングする」
「ホバリング?」
「滞空するってこと。悪いけど庭には着陸できない。飛行魔法使えるなら着地も余裕でしょ?」
「苦手というわけではないが」
「速度を殺す。ちょっと待ってて」
ステアトルが公爵邸上空を旋回する。
「伊吹。高島 伊吹。そう呼んで。君というのは嫌い」
生意気とも思いつつ、フェアリは聞く。
「伊吹は今いくつなんだ?」
「17歳。艦長と同じ」
「そうか……1つ、気になったことがあるんだが」
「何?」
「なぜあの娘を信じる?」
伊吹は質問の意図が分からず目を眇めた。それが探りのようで、けれど純粋に皆が若輩の彼女に寄せる信頼を疑問に思っているようで。どちらなのか。
横顔を見せながら伊吹は言う。
「私達の船を彼女以上に知り尽くしてる人は居ないからだよ」
「誤魔化そうとしてないか?」
「……本当のことだもの。彼女があの船を興して作り上げた。それに、人知れず『蒼のメデューサ』なんて異名もついたほどの凄腕だから、今更彼女のやり方に疑いは持たない」
純粋な信頼ということか。フェアリはそれを聞いて得心した。
そして付け入られる甘さでもあると、内心で評した。
「そうか」
「何より可愛いもの」
「……は?」
「艦長。可愛いから」
意外だという顔をされて伊吹はむくれながらと
「何?」
と気圧すように言った。
「なんでもないよ。仏頂面が似合わないと思っただけさ」
「そう。降下できる。行って」
サイドドアが開いて空気が一気に出ていく。振り落とされないように掴まっていた手を静かに離すと、フェアリは大空へ出ていった。
叶多もそう感じてるのだろうか。彼女から言われたことを頭の中で繰り返しながら、伊吹は『はるな』へと機首を回すのだった。