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第14話

 フェアリを助けると言い出して以来、叶多は絵里と話すことが少しばかり気まずくなっていた。


 今にして思い返せば、艦の行動方針や作戦行動で『はるな』クルー同士と衝突したことがなかった。全ては叶多自身に委ねられていたし、それについて意見や批判をされたことは記憶にない。


 しかしゲームならば許されることが、現実になってしまえば全て覆ってしまう。


 フェアリを助けたいという気持ちさえ理解されない。自分たちの持つ計り知れない力がこの世界に与える混乱は高校生の叶多でも分かるし、承知している。下手に介入すればどんな事が起こるか想像がつかないことも。


 ただ、恩人を見殺しにすることは良心が咎めた。仮に現代で私を助けた人がそんな目に遭っていたら助けてるはずだ。


「神にでもなろうっていうのね」


 捨て台詞のように告げられた言葉が頭から離れない。確かに神にでもなろうとしているか、あるいはなったような錯覚に陥ってるのかもしれない。


 これからどう接すればいい。分からない。


 そんな考え事を払拭するように叶多は資料室にこもって閲覧していた。


 中身はフェアリが齎してくれた魔法の基礎と仕組みが現代人にも幾分か分かりやすく噛み砕いて解説されている。


――魔法とは魔力の集合体であや、魔法使いが属性を加えることで様々な現象が起こる。その魔力を安定化させたときに術者が込める呪文は、科学でいうところの電波と酷似している。


「そっか。だからECMに反応があったのか」


 魔法の形を成すために術者は魔力を制御しなければならない。そのときに魔力の集束を一定にするため込める術式が『魔道波』と呼ばれている。


 魔法を出すための魔法。それがこちらの概念でいう『電波』と非常に酷似する。


 魔導波が乱れることによって一定方向に掛かっていた魔力が離散し、魔法は形を保てなくなる。


 その魔導波が電波と同じ特性を持っていたとするなら、


「周波数帯を特定できれば、魔法自体をジャミングできる」


 叶多は無意識に独り言ち、安堵するように微笑んだ。


 ECMで探知さえ可能なら魔法を完全に封殺することができる。


 もう殺してしまわないで済む。あの時のような惨状を繰り返さないで良いんだ。


 魔法のことを知れば知るほど、この世界で手を汚さずに歩ける自信になった。叶多は貪るように魔法の知識にかぶりつき、気づけば夜が明けていた。


 一通り読み終わって一息つこうと士官食堂に顔を出す。補給作業はとっくに終わり、起きているものは殆どいなかったが、 


「よぉ艦長、いや叶多さんよ」


 機関長の裕次郎がコーヒーのカップを掲げていた。


「『さん』は止してください三笘さん」

「じゃお言葉に甘えて。どうしたんだ叶多? 夜更かしすると大きくなれないぞ?」

「母親みたいなこと、言いますね」


 そんな事を口走ってしまい、叶多の表情が曇る。


 母親には言われたこともない言葉だ。あの人は弱い人に無関心だったなと、嫌な過去が蘇ってきた。


「娘と歳が近いし、お前と伊吹は娘を相手にしてるようなもんだと思ってる」

「娘さんいらっしゃるんですね」


 現実の姿で初めて会ったときに言ってたのを思い出すと、裕次郎は気さくに笑う。


 堀の深いシワに強面の顔で最初は近寄り難いと思っていたけれど、娘のようだと言われて親近感が湧いた。


 悪い人ではないと直感的に感じる。けれど家族がいるのに危険の大きい寄り道へ賛同するのが不思議だ。


「その、ご家族に会いたいとかは考えないんですか?」

「そりゃ愚問だ。会いたいに決まってる」

「ですよね」

「叶多はどうなんだ? 親御さん、心配してるだろう? 友達だって」

「誰も心配なんてしてませんよ」


 ボソリと呟くように言い、俯いている自分がいた。


 しまったと口を塞いで作り笑みで誤魔化そうとしても遅い。裕次郎は眉根を寄せながら気難しそうな顔をして尋ねる。


「そりゃどういうことだ?」

「私、学校の人たちから虐められてたんです。毎日、毎日、罵られて痛めつけられて。でも助けを求めても誰も助けてくれない。ウォーカーヴェルも学校が嫌で部屋に引き籠もる口実として始めたんです。フルダイブゲームって外部から外されるってこと殆どないから」


 心拍数や脳波の異常でもない限り、外部からの操作は受け付けない。それが叶多の引き籠もり生活に拍車を掛けた。


 けど現実世界に意識を留めていても変わらない。両親や教師は無関心、やりたい放題の状況に乗じて、いじめはエスカレーションしていったに違いない。


 だから還りたくない。本音が喉元まで出かけたとき、叶多は息を呑んで咄嗟に言う。


「でも現代には帰りたいです。ウォーナーヴァルに戻りたい。またみなさんとゲームの中で楽しみたいですし、何よりが私の居場所だと思うので」


 ウォーナーヴァルの『柊 叶多』こそが私で居られる場所だと力強く語る。


 だからこの世界でも生きてやる。言葉にしなくともそんな想いが込められていると裕次郎は納得して頷いていた。


「頼むぜ。若き艦長さん」

「……はいっ!」


 鬱蒼としていた顔が晴れやかに咲いた。


 けれどコーヒーの水面に写る私の顔が醜い。


 また顔色が陰りそうになったが、その前に裕次郎が話題を振った。


「あとは、絵里だな」

「絵里さん……ですか」

「気まずいんだろ? 顔を合わせるのが」

「そうじゃないですけど……いや、はい。気まずいです」


 ブリーフィング以来、何度か顔を合わせているのだが、その様子から見透かされていた。


 確かに不自然な話し方になったり、近寄り難いからとあえて遠いところに座ったりはしていたけれど、嫌いになった訳ではない。


「嫌いになったわけじゃないんです。ただ、私の事を否定された気がして」

「がはははは。なんだか姉妹喧嘩を見ているようで、心配でもあり微笑ましいな!」

「んな呑気な……でも、なんか自分勝手なことばっかりしてるので謝りたいとは思ってます」


 フェアリを助けたいと言い出したのは自分の心であり感情だ。


 どんな危険が待ち受けているかを無視した独断に彼女が反対するのも無理ない。だから皆を危険に晒さないよう資料室で魔法について勉強してた。


 裕次郎の呑気さとは対称的で、叶多はどうやって自分の筋を通すか悩んでいたのだ。


「年長者から言えることは一つだけだな」

「なんでも良いです! アドバイスがいただけるなら」

「本音で話せ。そうすりゃ分りあえるよ」


 うっと叶多は顔を顰めた。


 一番最良で一番難しいやり方。けれど活路は見えてきた気がする。


 コーヒーを一口呑んで決意を固める。明日、ちゃんと話そうと叶多は心に誓うのだった。


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