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第13話

 戦闘終結から、ミラマリンの街は瓦礫と化して燃え続けていた。


 結果として撃退に成功した『はるな』とフェアリ。だが数多の命が失われるのを前に叶多とフェアリはただ見ているだけしかできなかったことに無力さを抱いていた。


 夜は明け、西の空に日が昇る。


 艦橋で補給作業の準備を見守る叶多は、西の空から上がる太陽に違和感が拭えない。けれどそれこそ己が現代人でたらしめる証拠だとも思える。


 ……もう忘れたいのに。視線を下げて憎むような顔をしていると船務長が艦長席の元へ来て、


「艦長、作業の準備整いました」

「では補給作業を開始してください」

「了解。補給班に達する。先遣隊の情報に基づき、手順通りに作業を実施せよ」


 左右から内火艇と呼ばれる小型船が降ろされて、補給科と各科から選抜された補充要員は船を発った。


 叶多や絵里達の『はるな』クルーにとって補給物資の存在は半信半疑であった。もし罠だとすれば島で戦闘になる可能性もあり、慎重を期して船の臨検などを行う『第六分隊』を先遣隊として派遣した。


 結果から言えば、魔王の末裔『ミフェリア』が語った補給物資は無人島に存在した。それも今この船には潤沢すぎるほどに。


 そしてもう一つ、物資集積地点にあったのがポータブルメモリだ。船の資料室で解析が進められているが恐らくは魔法、あるいは彼女がまだ曖昧にしている『祖先が残した兵器』のデータだろうと叶多は睨む。


「食料や水、日用品からまさか砲弾やミサイルまで貯蔵してるなんて。ミフェリアって人は何者なんでしょうか?」

「ミフェリア本人に聞いたほうが早いわよ船務長。それより叶多、先遣隊が持ってきたデータの解析が終わったわ。手すきの士官も集めて今後の方針を固めたいのだけどいいかしら?」

「わかりました。ここを頼みます」


 船務長の見送りを背に叶多と絵里は艦橋を出て士官食堂へと入る。


 既にメンバーは揃っていて、いつでも始められる状態にあった。一部ずつ用意された資料を片手に絵里が投影される映像の横へ立つ。


「先遣隊が回収したデータについて分かったことがあった。中身は大まかに3つ。補給品のリスト、魔法の概要、そして以前ミフェリア本人が語った『現代へ帰還する条件』の詳細よ」


 プレイヤーの三人が顔を見合わせて息を呑む。叶多は資料に目を落とし平静を装うが、両手に力が入っていたことに気づく。


「4つある『魔王の遺産』の破壊。たったこれだけ」

「それがあいつの言ってた『祖先が残した兵器」ってやつか」

「『燭台』、『杖』、『結晶』、『剣』。これらを再起不能させる。ミフェリアの言葉通りなら、私達は現代へ還ることができる」


 集まったプレイヤー達の表情は霧が晴れたように明るい。


 誰だって望んで異世界ここに行きたいわけではない。誰だって現代には待っている家族や友人、日常があり、そこに幸せがある。


 一方でこの世界に来てからはあの世界が禍々しい魔境のように叶多には写っていた。現代になんの未練もなければ、異世界に来たことをチャンスだとさえ思えた。


 だから最初に現代へ還るという絵里達の目標をあまり快く感じられなかった。叶うのなら、この異世界にずっと居たい。


 それに今、私が戻ったら、多分彼女達を殺してしまうかも知れない——


「艦長、質問良い?」


 虚を突くように無表情の伊吹が声を発した。


「あ、はい。どうぞ」

「艦長は、叶多は元の世界に帰りたいのか、聞きたい」


 渦巻いた思考を察したのか伊吹が鋭く本心を射貫く。歓喜のムードが一転、叶多を見る目が集中する。


 伊吹以外、ゲームでの叶多しか知らない。一つ船の元で生活し始めた本当の艦長の姿を知らないのだ。


 己の弱さを見せてはならない。自然と出来た防御本能が叶多に嘘をつかせる。


「帰りたい……ですよ」


 言葉ではそういうが、顔には引き攣った笑いが浮かんでいた。


「本当?」

「本当です。皆さんと一緒ですから」


 まるで有無を言わさないような必死さで語っていた。自分でもその姿が途轍もなく惨めに感じる。


 伊吹は訝りながらもそれ以上聞くことは止めた。叶多の本音が知りたいと思う反面、彼女に嫌われたくはないという気持ちも台頭していた。


「そう。ごめんなさい。変なことを聞いて」

「いいえ良いんです。でもその前に、やりたいことがあるんです」

「やりたいこと?」

「はい。ミフェリアさんの頼みを聞く前に一つ」

 居直ると叶多は一度、集まった皆々を見回した。

「あの怪物を、クティオケテスを私達の手で倒したんです」


 その提案に士官食堂の誰もが閉口した。


「冗談は止してよ叶多」

「絵里さん?」

「ミフェリアが言ってたこと、忘れてるんじゃないの? イージス艦の力はこの世界を乱すって」

「でも、この力は本当に必要としている彼女にこそ使うべきだと思います」


 ミフェリアが語り掛けた『オーバーパワー』という言葉。この世界に来た直後、一撃で仕留めた船から技術力の差は明らかだ。


 恐らくこの世界の魔法すら超越してしまったのかも知れない。ミフェリアが危惧するのは、その存在が齎す混乱だ。


 絵里の言う事は根拠があって多分正しい。けれど、と叶多は自分達の都合で見捨てられる命が許せなかった。


「自分達の都合で彼女を見捨てるなんて、私にはできないんです。だから、お願いします」


 深々と皆に向かって頭を下げた。


「私は叶多についていく」


 伊吹が唐突に言った。


「けど、私は叶多の本音が知りたい。これが逃げじゃないことだけは確かめたい」

「……はい」


 一拍の沈黙を置いて答えた。また、嘘をついてしまった罪悪感が心を掠める。


「艦長がそうおっしゃるなら、私は付いていきますよ」


 考える間もなく、船務長の嫋やかな笑顔が叶多を向く。


「まぁ、寄り道せずに真っ直ぐ家に帰ろうなんて味気ない。嫁さんと娘にも土産話ぐらいは欲しいしな」

「遊び惚けていたのであまり説得力はないですが、大学生活にも刺激が足りなくなってきたんですよ」


 サムズアップする裕次郎に、相変わらずの微笑で答える琢磨。


 この信頼を裏切りたくないと叶多は誓う。皆の反応を見た絵里はただじっと黙って見ているしかなかった。


「神にでもなろうっていうのね」


 怒りを通り越して彼女には呆れが沸いていた。


 もはや止められる術はない。この選択が間違いでなかったことだけをただ祈っていた。


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