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第12話

「ソーナーさん、探知はできなかったんですか?」

「音紋はキッチリ取っていたんですが、無音航行でいきなり現れたもので。面目ない」


 琢磨が申し訳なさそうに言う。


 海流に乗って浅瀬まで接近する。こちらの装備を知ってか知らずか、そんな芸当までこなす知性があの魔物にはあるのかと叶多は驚いていた。


 けれどタダで返すわけにはいかない。


「対水上戦闘用意」


 この辺りに居座られては補給どころではなくなる。


 何より、数多の罪なき人々を虐殺してきた悪しき化け物。ここで撃破しなければこの『はるな』も危うくなる。


 水上戦闘の配置が整い、CICの青い統合スクリーンにクティオケテスと『はるな』の距離が映し出される。


「トラックナンバ901、依然こちらに背を向けて停滞しています」

「主砲、攻撃用意」


 主砲の射程圏内。しかし奴が持つ水中の圧力にも耐える外皮の強度は未知数。対艦ミサイルの使用も考えるが、迷っている暇はなかった。


「トラック901回頭を開始!」

「先手を取ります。トラック901、主砲うちーかたーはじめ!」


 砲術士の手に握られた主砲のトリガーが引かれると、前甲板に装備された127ミリ砲が咆哮した。


 クティオケテスがその頭を『はるな』へ向けようとした直前、砲弾は額を直撃する。


 一瞬、怯んだようにも思えたが、奴の身体が発光を始める。


「面舵一杯! 進路0—3—0! 最大戦速」


 あの発光現象は攻撃のサイン。魔法の一種だろうが全容が分からない以上、迂闊に当たれば即撃沈だって考え得る。


 叶多の号令に操舵が瞬時に舵を切った。


「進路0—3—0につけました」

「主砲は射撃を継続。相手のダメージを見ます」

「艦長! 食堂より通信、副長からです」

「副長から?」


 フェアリを任せていた絵里からの通信。受話器を取ると、彼女が息を切らしたように切羽詰まって話す。


「叶多! フェアリが食堂から居なくなった」

「居なくなった?! 戦闘配置中ですよどうやって」


 通路は水密隔壁で閉鎖されている。通り抜けるのは不可能なはずだ。


「分からない。けど食堂からは出られないはず」

「お願いします」

「艦橋からCIC! 敵がこちらへ変針! 照準しています!」


 敵は待ってなどくれない。こちらの事情も無視して発射態勢に入っていた。


「ECMに探知! これは」

「発信源は?」

「本艦の左三十度。奴からです」

「電波……」


 電子戦装置が電波を探知したが、ここは異世界だ。しかしそんな疑問を解いている暇もなく、主砲の一次弾薬が底を尽く。


「クティオケテスから熱源分離! 来ます!」


 艦橋カメラが眩い白に包まれる。考え込んでいた合間に撃ち込まれ、ショックに備える暇もなく到達。


 見るまでもなく直撃コースだった。光線となって襲ったクティオケテスの攻撃魔法は寸前で展開された魔法壁に弾かれて、途方で霧散する。


「魔法?」

「間に合ったようだな叶多」

「フェアリさん?」

「魔力は残り少ないが加勢する」


 フェアリが結界魔法が防いだのだった。艦橋との通信で割り込んできて頼もしく語るが、その声色には疲労が露わになっていた。


「主砲、残弾なし! 再装填まで五分程度かかります」


 今更安全圏に逃げ出しても遅い。戦艦並みの敵に防空任務を主眼として開発されたイージス艦では分が悪すぎる。


 対艦ミサイルも距離数十キロでは加速が足りず、あの装甲を貫徹することはできない。


 けど、どうして魔法を放ってくる瞬間にECMが反応したのだろう……もしかしたら——


「砲雷長! 電子攻撃EAの準備をしてください!」

「EAですか?!」

「早く!」

「艦橋、第二射のチャージを確認。来ます!」


 クティオケテスが第二射をチャージ。一か八かに賭ける。


「EA攻撃始め!」


 艦橋真横の電子戦装置から強力な妨害電波が発せられ、クティオケテスの口元にあった光が一気に失せていく。


 そして目が眩んだようにのたうち回り、海面へ頭を突っ込んだ。


「ソーナーからCIC。100ノットで遠ざかっていきます」

「水中潜航能力は魚雷以上……ですか」

「まさか電子戦で撃退できるなんて」

「あの魔法を撃つときにECMが反応しましたよね? そこでまさかとは思ったんですが。でも一か八かでした。命懸けの賭けに巻き込んでしまってすいません」


 艦長席から立ち上がって頭を下げる。だがこのピンチは叶多が艦長でなければ脱することが出来なかったと誰もが思う。


「対水上戦闘用具収め。対潜警戒を厳となせ」


 クティオケテスは撃退した。しかし、燃える街を前にして叶多の心は勝利に浸りきれなかったのだった。


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