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第9話

 まずは魔法の基礎から抑える。


 この世界『ギルグル』に生まれた生命は必ず魔力核を有する。魔法の発動の補助的な役割も担い、人間でいう心臓に近い機能を果たすのだが、その核には一人一人に固有の因子が存在する。


 その大きさや特性、魔法の演算能力や生成能力でランク分けされ、魔法核が持つ能力が魔道士の実力となる。魔法を極めると発動しようとしている魔法の種類や勿論、魔力核が持つ固有因子から個人の特定まで出来るらしい。SNSよりも恐ろしいなと叶多は苦笑いをする。


 魔法には属性が無数にあるが、ファンタジーでは定番の『火』『水』『風』『雷』とそれらの素に『無』をとりあえず覚えておけば良いとフェアリは言う。


 無属性とは魔力を物理現象に置き換えたときの状態で、ここに属性を付与することで攻撃や防御、戦闘以外では剣の製造に使う鍛造の火や明かりを灯す電気なんかにも使える。


 次に職業の話になるのだが、叶多はこの辺からだんだんと眠くなってきた。


「艦長が退屈そうだから、質問形式に変えるわね」


 と絵里がホワイトボードの前まで行き、ファンタジーゲームにある職業を一つ一つ羅列していく。


「ここに書いたもので存在しないものにはバツ、かつて存在していたものにはサンカク、現存するものにマルをつけてほしいの」

「それならば、これとこれと――」


 冒険者や騎士、鍛冶屋、商人などの王道派が大半で特に珍しいものはない。


「この職業の中に職種が色々ある。ただ私は冒険者の魔法使いではなく、騎士に分類される。王家に仕え、騎士団にも所属しているから」

「なるほど。民間企業と公務員みたいなものね」

「みんかんきぎょう? こうむいん?」

「こっちの世界の例えよ。あんまり深く考えないで」

「なるほど……それならそうするが」


 現代人の叶多達にしか伝わらない例えにフェアリが困惑気味な顔をした。ただ絵里の機転で理解が捗る。


 魔法や職業の講義が終われば、話題は『はるな』を襲ってきた連中のことに変わる。


「彼らは私に止めを刺しに来たオリントの冒険者たちだ」

「オリントの冒険者?」

「西の大陸を統一した魔法国家。私はその国から命を狙われている」

「話してくれますか?」

「艦長?」「叶多?」


 ここまで聞いて放っておくのは薄情だと思い、叶多は事情を尋ねた。


「君達も目にしたと思う。『クティオケテス』の討伐がその発端だ。かつてギルグルを支配していた魔王から自由を勝ち取った六英雄の従魔。それが平和になった世界で人類に牙を向いている」

「六英雄?」

「かつて魔王を打ち倒した勇者パーティーを今は六英雄と称えてる。国名のオリントは六英雄の一人、最強の魔法使いから取られてる」

「本題に戻るけど、あのデカいクジラの討伐がオリントって国となんの関係があるのよ?」

「クティオケテスは六英雄の従魔。英雄を崇拝する彼らにとっては神聖な存在、英雄『オリント』がの存在した証明だ。それを討伐しようと言うのだから許せない」


 ギュッとフェアリの拳に力が入る。


「けど、他国に危害を加えているのならそう乗り出してくる冒険者や国があってもおかしくないわよね? なぜ貴方を消すことに拘るの?」


 絵里の疑問に叶多も同感だった。


 大陸を超えて魔法使いを一人、殺そうなんて面倒な事をしたくない。フェアリがそれほどの熟達者か、あるいはあのクティオケテスが大国オリントにとっての誇りなのか。


 答えはそのどちらでもなかった。


「オリントは大陸全土の沿岸国に自らが生み出した魔道具を輸出するため、奴を放っている」

「戦略的価値か。ファンタジー世界に来てまでそういうドス黒い一面を見るなんて、つくづぬ運がないわね」

「オリントが持つ魔道具『サンクチュアルギア』はクティオケテスが攻撃しない魔法核の固有因子を持つ。これを取引材料にオリントは他国へ侵略しようとしているんだ」


 そのためのクティオケテスであり、排除しようとするフェアリは邪魔というのが構図。叶多もその理由が知れて納得した。


「大体の事情は分かった。概要が知れたところで当直士官は解散させましょうか」

「ですね。持ち場に戻って次の指示まで待機してもらえると助かります」


 解散の音頭で続々と当直士官たちが持ち場へ戻っていった。


 残ったのはプレイヤーと各科の長だけ。


「意見具申、よろしいでしょうか?」


 コーヒーに手を掛けた叶多へ船務長がすかさず手を挙げる。


「どうぞ」

「更新された衛星地図の件で一つ、気になる表示がありまして、そこへ進路を向けていただけないでしょうか?」

「気になる表示?」

「これなんです」


 そっと差し出されたタブレットを覗き込んで、叶多は即決する。


「なるほど補給地点のマーキングですか。そう言えば補給云々って言ってましたもんね。丁度このミラマリンって街にも近いですし、丘に降りれるかもですからね」

「はい。ミフェリアという方の真意を見るまたとない機会かと」


 周りを見渡しても異存はないようだ。


 するとフェアリが詰め寄るように叶多へ顔を近づけて


「ミラマリンに戻れるのか?」

「進路はその近くの無人島ですがね」


 それを聞いて強張っていた顔が少しだけ綻んだ。


 国に還れる。そう言われて嬉しいものなのだろうか。洋画とかでは良く嬉しそうに跳ねたり、念願叶ったりというような顔をしているが、と叶多には理解しがたかった。


「では各部署、通達をお願いします。補給の手順や各科の人員配置などの詳細は別途で」


 はるなが取る進路が決まり、一仕事終えたような安心感が身体を抜けた。


 ホッと息を吐くと、絵里がポンポンと頭を撫でてくる。


「くすぐったいです」

「よく頑張れましたってご褒美よ? 半分は趣味だけど。でも、立ち直れてよかった」

「はい……そうだと良いんですけどね」


 撃沈はフェアリを救うことに繋がった。そう結論を出しても、人を殺めてしまった罪悪感は色濃く存在感を放っている。


 同じ状況になったとき、私に決断することが出来るのだろうか。 


 深く考え込む叶多を見て、絵里はそれ以上言葉を掛けることを辞めた。あまりに気遣いのないことだと内省して、士官食堂を出て行った。


 『はるな』は次なる航海へ進路を取る。荒れ狂う異世界の海で生き残るために。


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