不明艦の正体を掴むべく、撃沈したポイントに到着した『はるな』。
右舷ウィングで双眼鏡を手にした叶多は、血で染まった海を前に固まった。
「左舷側、浮遊物多数。不明艦は木造船だった模様」
「運悪く弾薬庫か、可燃物に引火したようですね」
平然と話す当直士官達。その報告にさえ叶多の耳からは遠くなっていき、眼の前に浮遊する死屍累々の惨状に目が行ってしまう。
艦内放送をジャックしたあの少女の言葉が脳裏を過る。
異世界転移。そんな設定で進行するゲームの世界だと私は理性的な思考は未だ思い込もうとしていた。ここはまだ仮想空間で、単に閉じ込められているだけだと信じたい自分があった。
私がこの地獄を作り上げた。助けを求める声も、痛みに喘ぐ叫びも許されなかった骸の海を、ただのいじめられっ子が作り出してしまった。
人を殺した実感が湧かない。人の命を奪う、そんな禁忌に触れた感触がない。
体が強張って制御が利かなくなっていく。自然と震え、罪の意識で泣き出してしまった叶多に、艦橋のクルーは驚きと困惑の面持ちで返していた。
「艦長、少しお休みになられてください」
船務長の言葉も耳を通り抜けるだけ。何をすればいいのか、何をしていいのかも分からず、じっと青と赤の艦長席で固まった。
そこへ副長の絵里が飛んでくる。
「艦長は、叶多はいる?!」
「こちらに。でも」
船務長が言いかけると前のめりになりながら虚ろな顔を見た。
「しっかりしなさい叶多」
「絵里さん……私」
人を殺した——叶多は言いかけて閉口する。
言葉に出したら認めてしまうと思った。この現実を……自分の非道を。
「生存者の救出を最優先。急いで」
「アイサー!」
「船務長、艦長を自室へ。頼むわね」
「了解です」
絵里は独断で指揮を引き継ぎ、叶多は船務長に連れられて艦橋を離れたのだった。