未確認の船舶と対空目標を確認した叶多は即座に艦を戦闘態勢へと移行させた。
ウォーナーヴァルでは味方船舶の情報がデータリンクを介してリアルタイムで確かめられる。敵かはたまたアンノウンの場合は無条件に戦闘態勢が発令される。
兵器やレーダーが戦闘モードへとウォームアップされていき、艦内通路や艦橋の灯りも赤色灯の仄暗い照明へと移り変わる。
戦闘指揮所は相変わらずの青。レーダー画面を移動し続けるブリップに視線を合わせながら艦長席へと座った。
「位置は?」
「本艦の正面、距離42000、敵速14ノット」
「分離した飛翔体が240ノットで接近。主砲射程圏内まで360秒」
飛翔体の速度は約420キロ。大戦期のレシプロ機並みで対艦ミサイルの類いではない。その母艦もこちらの巡航速度より遥かに遅く、船だけであれば反転して余裕で振り切れる。
「目標から飛翔体がさらに分離。300ノットで二発。こちらへ接近してきます!」
「ECMが誘導電波を探知。ってことは……」
レーダー上で四つに分離した飛翔体。片方からは電波が発せられ、『はるな』へ照射されている。
これが示すのは、
「多分こちらへの攻撃です。シースパローじゃ近すぎる。砲術長! 一発ずつで確実に仕留めてください!」
「了解! 発砲!」
CICにも鈍く轟く127ミリ砲の砲声。近くで聴くと腹の底から押されるような轟音だが、それもここでは小さいと叶多は思う。
127ミリの砲弾は分離し先行して向かってくる二つに命中。レーダーのブリップが消える。
次に優先して叩かなければならない目標は必然。叶多はヘッドセットを装着して叫ぶ。
「撃ってきた以上は反撃します。主砲攻撃用意!」
「この距離ならESSMで攻撃を仕掛けた方がよろしいのでは?」
「補給の目途が立たない以上、低速の目標相手には過剰よ砲雷長。そうよね叶多?」
遅れてやってきた絵里に叶多はコクリと頷いた。
音速の目標すら迎撃可能な短距離艦対空ミサイル『シースパロー』であれば撃墜は容易。だが安価なドローンや脅威度の低い目標にはとてもコストに見合わない。
補給のコストや諸々を含めれば主砲で迎撃するのが最適。砲雷長は得心したように頷く。
「本艦の右10度、まっすぐ突っ込んでくる。主砲、一発ずつで確実に仕留めろ」
ブリップは主砲の射程圏内へにじり寄ってくる。砲雷長の顔が険しくなり、攻撃範囲へと突入した。
「主砲、うちーかたー始め!」
前甲板に装備された127ミリ砲が咆哮する。その跫音は艦の奥深くの戦闘指揮所にも遠雷のように届いていた。
二個目標の照準に費やしたのは僅か数秒。そして弾丸が到達するまでの数十秒がせめてもの猶予だ。
そして着弾。ブリップの高度が下がりやがて消え入る。
「二個目標に命中。撃墜しました」
「撃ち方、待て!」
「流石ですね皆さん」
感嘆を漏らす叶多だったが、世界最強の防空システムと名高いイージスシステムなら造作もない。
戦闘指揮所に詰める面々にも喜ぶ姿はなく、さも当然という澄まし顔だった。
残るは水上目標。この際、逃がしても良いが。
「航空機を出してくる上、こちらに敵意がある船は流石に見逃せません」
前髪を指に巻きながら独り言ちた。
「やる気ね」
「勿論です。対水上戦闘」
「主砲照準。目標、本艦右10度の艦船。距離32000」
「撃ち方、始め!」
撃発。127ミリ砲『Mk.45』の咆哮が轟く。
そして命中。長くも短い滑空時間が終わり、約30キロ先で爆発閃光が煌いた。
「ウォッチが爆発閃光を複数視認」
「そのまま近づいてください。撃沈を確認してから離脱します。照準はそのまま、撃ち方待て」
さっきまでの緊張が嘘のように淡々と船を動かしていたことに叶多も絵里もホッと一息吐いた。
爆発閃光はあった。でもまだ戦闘能力を残していたら脅威になる。警戒を怠らないまま、攻撃した船に近づいていく。
一歩間違えば船を失いかねない。そんな緊張に飲まれる叶多の肩を伊吹は指で小突いた。
「なぁふ?! な、なんでしょう?!」
「ハリアー、出す?」
意見具申だった。
航空機を先回りさせれば危険も減るが、叶多は首を横に振った。
「高島さんは現状のまま待機で。でも一応即時待機を」
「分かった。パイロットにそう伝えておく」
気を悪くしてしまったら申し訳ないなと罪悪感が心を突いた。
緊張に満ちたままの戦闘指揮所で一時間。水上レーダーで捉えた最後の位置とほぼ重なる地点に到着し、叶多は船を止めた。
「各ウォッチ、船影等は確認できますか?」
「船影はなし。ですが付近に多数の浮遊物が確認できます」
「そうですか。戦闘指揮所より艦内。対空、対水上戦闘用具収め。通常配置に切り替えてください」
「了解」
復唱で艦内全域に戦闘終了の合図が伝達された。
それにしても航空機を差し向けてきた敵の船の正体が気になる。叶多が立ち上がると、向かう場所を察してか絵里のその横に付いた。
「艦橋へ?」
「はい。撃沈した船のことも気になりますから」
「思いやり、かしら?」
「いえ。ただの好奇心です」
こちらに剣を向けた相手に情などない。ただ敵の素性が気になるだけだ。
叶多が素直にそう答えると、背中に彼女の両手が置かれる。
「もう肩ひじ張ってないわね。食堂の時はあんなに緊張してたのに」
「……なぜでしょうね。現実の姿でも、ここにいると不思議と自然体で接することができるんです。ゲームの中だからでしょうか?」
醜いと罵られたこの身体や顔でも、何故だかいつもゲームで振舞うように出来てしまう。
「なんであれ、本来の力が戻ったようで安心したよ。艦長」
「ご心配おかけしました。でも、もう」
大丈夫です。そう啖呵を切ろうとしたとき、艦橋のウォッチが叫んだ。
「右弦前方の浮遊物を視認。間違いない……人です!」