ホワイトアウトした光景に叶多は現実世界の惨めな自分を思い浮かべてほろりと涙を流した。
また、あの痛くて辛い日々が始まるんだ——と。
青白い光が乱反射する仄暗い部屋の中で、叶多は聞き慣れた電子機器のビープ音で目を醒ます。
教室二個分のスペースに所狭しと並ぶコンソールパネル。整然と、しかし先ほどの衝撃で小物や雑貨が散乱した戦闘指揮所の一角で、艦長席に座り直しヘッドセットを取った。
「か、各所、状況報告」
ぼんやりな意識でもゲーム内で染みついた癖は変わらない。冷静にあの閃光が指向性エネルギー兵器、俗云うレーザー兵器を撃たれたと確信してダメージを確かめる。
「兵装および火器管制、対水上、スパイレーダー1番から4番は異常なし」
「こちら機関室のモダンだ。応急指揮所の監視盤が一瞬だけ全点灯したが、今は消えた」
「目視にて再確認願います。戦闘指揮所、他に負傷者はいませんか?」
見回すが全員が軽傷。安堵して気を抜くと頭に鈍い痛みを感じた。
程なくして左の視界がじんわりと赤みがかる。何事かと驚いているとクルーの一人が救急箱を携えて慌ただしく駆け寄ってきた。
「気づかなかったんですか艦長。じっとしててください!」
「怪我?」
不意に首を傾げる叶多。船務科のクルーにヘッドセットが外されてすぐにガーゼと包帯が巻かれていく。
怪我をしている。赤く染まったのは額か頭のどこかを切ってしまい血が流れていた。
でもいつから『ウォーナーヴァル・オンライン』に血液やら怪我という機能が実装されたのか。リアル志向のゲームだし、今まで船が戦闘不能になるような損傷を被っていないから気づかなかっただけかも知れないけど。
それにNPCも行動のパターンが増えている。プレイヤーに気を遣うことは愚か単純な報告しか会話はなかった。
「ソーナーより艦長へ」
「モールスさん?」
「コンソールまで来てもらえますか? 反射する僕の顔が、少しおかしくて」
おかしいという含みげのある言葉に呼ばれてコンソールの前まで来ると、そこに居たのは見知らぬ端整な顔立ちの優男が座っていたのだ。
振り返った彼も固まっていた叶多と同じ反応を見せる。そして
「誰でしょうか?」「誰です?」
指先を突きつけあって声を揃わせて尋ねる。
周りは戸惑い、中には「艦長どうしたんだろ」や「頭を打ったから少し記憶が飛んでいるかも」と心配する艦内クルーの声もあった。
けど面識のない人から呼ばれたら何も不自然じゃない。二人の間に流れる妙な沈黙。しかしクルー達から向けられていたのは不安げな視線だった。
「ちょっと待って。整理させてほしい。今僕は艦長を呼んだわけだ。つまり君が艦長ってことで合ってるかい?」
息を飲んで頷くと次はCICの入口が勢いよく開け放たれてビクついた。
「艦長は?! 艦長はいる?!」
その方へ向くとやはり知らない顔があった。
スラッとした長身で黒髪の美人。迷彩服も相まってか艦艇勤務が本職にも見える清楚で垢抜けた彼女は、包帯を巻いた叶多を見るや早足で近づいて肩を掴む。
「怪我してるじゃない。お嬢ちゃん大丈夫?」
「あ、大丈夫です。このくらい平気」
「無茶しちゃ駄目よ。ほら、お姉さんに全部任せて」
だんだんと甘い声になっていき、断りづらい雰囲気も醸していた。
「よしよーし。ほんとに可愛いわねこの子。持って帰っちゃおうかな」
「あ、それはその。困ります」
「いいえうちなら絶対幸せに……」
と周りを見渡したときには、彼女を見る目が誘拐犯を眺めるそれに変わっていた。
「副長ってそういう趣味が」
「ち、違うわよ」
「副長? 副長ってことは、貴方がエーさん?!」
「そうだけど……でも待って。この声どこかで」
訝るエーさんに青年が割って入る。
「艦長ですよ。抱きかかえているの」
「艦長……ってかかかか艦長?!」
腰を抜かしたようでエーさんは尻もちをついて倒れる。
「でもすっかりアバター変わっちゃってるけどバグかしら?」
「え? そんなはずー」
そう言われて改めて両手で自分に触れる。
頬、鼻、耳。離れず傷もなくちゃんとくっついている。垂れている髪をすくも少しだけ固まっているくらいで違和感はない。
しかしチラリと覗かせた黒髪。
「黒髪……? ってえぇぇぇぇぇぇぇ!?」
戦闘指揮所に叶多の絶叫が轟いたのだった。