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蒼茫のカナタ
蒼茫のカナタ
宵更カシ
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年01月11日
公開日
4.3万字
連載中
現実世界は生きづらい――だから私は、仮想世界に逃げていた。

『柊 叶多』は毎日、学校で壮絶なイジメを受けていた。
だが拾った1台のスマホに映されていたゲームの広告から彼女の人生は大きく変わる。
『ウォーナーヴァル』。フルダイブ型リアル系海戦ゲームに籠もるようになった彼女は、いつしか誰もが畏怖するイージス艦の艦長にまで成ってしまった。

その最中、ゲーム内で出会った仕様にない生物との対峙で異世界へ渡ることとなるのだが……?!

第1話

 絶望は足音を立てない。


 馬の崩折れてあどけなさを残す少女は天地がひっくり返る。横たわると剣が迫り合う鋭い金属音が響き、その合間合間に断末魔が轟く。


 幌の隙間から漏れ入る光は薄暗い。ぐわんとなる頭で必死に考えて、自分達がどんな状況に晒されたのかを確かめようとした。


 返り血がその隙間から飛び込んできてモロに浴びる。光沢を放っていた紺青のパーティードレスが赤く染まり、朧げな思考が一気に晴れた。


 殺し合いが起こっている。誰かと聞き慣れた声の誰かの殺し合いだ。気づいた瞬間、少女はパニックを起こして荷台から飛び出した。


「危険ですお嬢様! 出てはいけませ」


 見知った顔の中年騎士が叫びかけて声が絶える。


「ここは我らが! 逃げてください!」


 騎士の一人が立ちはだかる様に少女の前へ出て言う。そんな声すら恐怖は掻き消して少女は一刻も早くそこから離れまいと逃げ出した。


 鬱蒼と生い茂るこの森はミラマリンから王都へと抜ける最短路として商人や物資の運搬、貴族たちに好まれていたルートだ。


 しかし身を隠せる影が多く、洞窟なども点在していることから盗賊による襲撃が増えて人が寄り付かなくなってからは騎士団を編成して護衛できる一部の商人や貴族達しか利用しなくなっていた。


 盗賊たちも強力な騎士団が護衛する荷車や馬車には近寄らない。


 貴族の、それも公爵家が従える兵と分かれば余計だ。それを示す白銀の甲冑にあしらわれた黄金の獅子の装飾は、今や高貴な輝きを失い血塗られてしまった。


 振り返って護衛の騎士たちを鼓舞する余裕もない。


 死にたくない。死にたくない。理性は掻き消され、ただ逃げて生き残ろうとする生存本能だけが足を動かす。


 森を抜ける光が見えたとき、少女は安堵した。


 ――これで助かる。そう思い、不意に足を止めた瞬間、野太く下卑た男の声が少女を捉える。


「さっきの公爵家の令嬢かぁ! 丁度いいぜ! 今夜はこいつがお相手ダァ。ヒャヒャヒャヒャヒャ」


 赤毛の長髪に清潔感のない髭。逆手で握る血の付いた短刀を手に迫る盗賊の男。


 少女は助けを求めて走る。しかし森で人殺しを生業にしてきた男との身体能力の差は歴然。


 森を出た直後、ドレスを掴まれて草原に押し倒されてしまう。


「や、やめて!」

「そう怖がんなって。殺しゃしないよ」


 段々と目が胡乱になってきて怖い。


 想い人に捧げたかったヴァージンも、この命も、蹂躙されてしまうのだ。揉み合うも力の前には全部封じられて、抵抗できない。


 男の耳に魔法陣が現れて呟く。


「女だ。それも上玉の。森を出たところだ」


 森の仲間に伝えたのだろう。


 これで私の人生も終わってしまった。


 泣いてるのに、どうにでもなってしまえと笑っている。絶望に浸った少女は自分の感情さえ分からない。


 手が伸びる。清らかな体を汚す手は――激烈な風圧で体ごと吹き飛ばし、太陽光の熱が顔に降り注いだ。


「な……に」


 白い巨体の影が真上を通り抜ける。


 ドラゴン? ワイバーン? 聞いたことのない甲高くて重い羽音は無機質で生物的な感覚がない。


 草原に降り立つと、中から見たことのない白い装束の人間が駆け寄ってくる。


 この人たちも仲間――少女が後退りしようとしたとき、被った帽子に金色の蔦の飾りが目に入っ

た。

「大丈夫?! 怪我はない?」

「え、あの」


 凛々しくもあどけなさが残る甲高い声。鍔の下から望む優しい目線は、混乱していた頭にもハッキリと伝わる。


 この人たちは敵じゃない。助けが、助けが来てくれた!


 泣き出しそうになりながらも、盗賊のうめき声で涙は引いた。


「動かないで!」


 庇うように立つのと同時だった。


 男は短刀を振り上げて一気に間合いを詰める。それを許さまいと女性は剣を抜くように何かを抜いた。


 少女には黒いブーメランのような物に映り、正体を考える間もなく跫音が轟く。 


「ぐぁっ?! あ、足が!」

「行くよ! さぁ早く!」


 彼女に手を引かれ、少女は走る。


 飛び乗るように乗せられたそれには、何人か不気味な色の服を着た男が二人いた。


「伊吹、行ってください!」

「了解」


 合図で飛び上がり、中は轟音に包まれる。


 少女はようやく理由の分からない状況から脱却して、助けてくれた恩人に尋ねる。


「あなた達は一体」

「え? すいません! 誰かヘッドセットをお願いします!」

「これをこうつけて」

「あ、はい」

「聞こえますか?」

「うわっ?! えっとはいっ!」


 耳に半球が2つ付いた道具をつけた途端、爆音で聞こえなかった彼女の声が鮮明になったのだ。


 驚いて身を飛び上がらせた。その反応に中に居た全員が声を出して笑った。


 和やかだった。自分でもさっきまでの惨状を忘れるくらいに温かい。


 でも、あれは夢じゃない。眼の前で起こったのは、私を守ろうとした人たちが殺される場面。


「どちらまで行くんですか?」

「王都までなんですけど。その、馬車が盗賊に襲われてしまって」

「なるほどね」

「王都に急がないと……このままだとみんな殺されて」

「無駄よ。私達が通ったときにはみんな死んでた」

「しん……で」


 先頭から緑のヘルメットを被った女性が言う。少女は無力さに肩から力を失って項垂れる。


 容赦のない現実。その無神経さを誰も咎めない。咎められない。


「でも貴方は生き残れました」


 白い服の女性が慰めるように言い、頭を撫でた。それが嬉しくて少女は胸に飛び込んだ。


「いっぱい泣いてください」


 いつか強くなれたなら、あの盗賊たちを同じ目に合わせてやりたい。


 深い憎しみを刻むように涙は頬を伝っていき、ひとしきり泣いたあと、尋ねようとしたことを口にした。


「あなた達は何者なんでしょうか?」


 膝の帽子を手繰り寄せて彼女は名乗る。


「叶多……柊 叶多。イージス駆逐艦『はるな』の艦長、俗に言う異世界人です」


 彼女たちの異質さに納得した。


 少女は異世界人を初めて目の当たりにする。


 世界の歯車を狂わせる存在になろうとは片隅にも考えず、少女はただ助けられたことへの感謝を告げていた。


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