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第17話苦悩の魔女アデール 1

 キテラの使い魔の襲撃から四日間、私達はこれからの戦いに備えていた。


 私とレシファーに関して言えば、傷と魔力の回復が急務だった。


 今の魔力量で敵に襲われればたまったものではない。幸い、クローデッドの魔獣たちとの戦いの際に創り出した”森”がまだ生きていたため、そこらへんの魔獣程度であれば自動で迎撃してくれる。


「傷も塞がったし、魔力も戻って来たわね」


 私はベッドから這い出て伸びをする。


 久しぶりの平和な時間……思えば、エリックがこの森に来だしてからも、彼が週末の一日しか来なかったため、連日で目覚めていた時は一度としてなかった。


「そう思うと三〇〇年ぶりの平和な日々……か」


「どうしたのですか?」


 私の独り言に反応したのはレシファーだ。


 彼女は、私とエリックが寝ている部屋とは別の部屋で休んでいる。


 以前、同じ部屋で眠れば良いのにと誘ったことがあったが、彼女は頑なに断った。


 彼女曰く、二人の邪魔はしたくないとのこと……そんなことに気を回さなくても良いのに。


「何でもないわ。ただ、つまらない感傷に浸ってただけよ」


 私はそう返事をして、隣で寝ているエリックを起こさないように慎重にベッドから出る。


「エリックはどうしますか?」


 レシファーは優しい眼差しをエリックに向ける。


「このまま寝かしときましょう。昨日は大変だったから」


 昨日、私とレシファーの傷やら魔力やらがほぼほぼ回復したので、エリックたっての頼みで戦闘訓練を実施した。


 戦闘訓練と言っても、私やレシファーが放つ低級魔法を盾で弾くだけ。


 それでも、エリックが怪我をしないか冷や冷やしながら魔法を放つ私に、レシファーは呆れた目線を浴びせながら、エリックのサポートに徹していた。


 そして一日中、ありとあらゆる低級魔法をぶつけた結果、エリックの盾はびくともせず、そのほとんどを綺麗に私に跳ね返していた。


 ただ単純に弾くだけでなく、術者にキッチリ返していたのだ。


 この差は大きい。ただ弾くだけなら盾さえ優秀なら割と出来るものだが、術者本人に跳ね返すとなると、エリックが意図的に盾の角度やら力の入れ具合などを操作しないと不可能だ。


 それだけエリックは本気だった。彼は今の状況を嫌がっていた。


 もしも私が彼の立場だったら、ただ守られているだけの日々に嫌気がさしているだろう。そして、それはエリックも同じで、彼からしてみれば、自分が足手まといにしかならない現状が不満だった……


 だからだろう。


 昨日のエリックは、鬼気迫る勢いで盾を使って私が放ったありとあらゆる魔法を弾き続けた。



「今日はもう移動しますか? もう休息は十分でしょうし、エリックだってある程度戦力にはなります。彼もですが、あの盾が強力です」


 レシファーは小屋の外を眺めながら提案する。


 彼女に言われるまでもなく、私も今日あたりで移動を始めた方が良いと思っていた。同じ場所にとどまり続けるのは、あまり得策じゃない。


「そうね、そろそろ行きましょうか。エリックの盾についてもある程度理解できたし」


「あの盾についてなにか分かったのですか!?」


 レシファーは興味津々といった様子で、食い気味に聞き返す。


「あの盾は、エリックの言葉を借りるなら頭の中に声が聞こえて、私達を助けたいと願ったら現れたと……」


「そもそもそれが良く分からないんです。人間であるエリックに魔法なんて使えないはずですし、その声というのも怪しい」


 そうか、エリックに聞こえていた声については、レシファーに話してなかったっけ?


「とりあえず声については心配いらないわ。たぶんその声は、あの人のだから……」


「あの人って、リアムですか? あの時キテラに殺された?」


 レシファーは驚いた顔をしつつも、どこか納得したような、そんな様子だった。


「確証はないけどね。その声がエリックに私の夢を見させて、この結界の中に来るように誘導していたみたいなの」


「これでエリックが、リアムの生まれ変わりというのはほぼ確実でしょうね」


 これも確証はないが、レシファーの言う通り、エリックが結界の中にいるあいだは光は届くし、見た目もそっくり。さらに声が私に会うように誘導したともなれば、エリックが彼の生まれ変わりというのは、ほぼ確実。


「でも精神体とはいえ、自我がまだあるのはどうしてなのかしら?」


 声の主がリアムだというのは、ほぼ間違いないのだが、そもそもからして人間である彼が、自我を保ったまま生まれ変わるなんてことが可能なのだろうか? 


「アレシア様、おそらくですけどこの結界のせいだと思います。この結界は想いが増大するところ……あの時、リアムがキテラに殺された後、結界に入ったアレシア様に憑いていたんだと思います」


「それで自我を結界の効果でエリックの中に残したと?」


「ええ。かなり強引な解釈なのは理解していますが、それぐらいしか説明がつきません」


 エリックに語りかけた声は、彼に人間は一生に一度だけ魔法が使えると言っていたらしい。


 確かに嘘ではないが、その条件は厳しすぎる。


 まず、基本的に魔力を持っていないためどこかから魔力を引っ張ってこなければいけない。


 それにあわせて魔力の使い方を体得しなければ、引っ張ってきた魔力も意味がない。


 最後に、それらの条件をクリアしたとして、そこまでしてでも起こしたい奇跡があるかどうか。奇跡に縋りたいほどの強い気持ちがあるかどうか。


 だから不可能ではないが、ほぼ不可能だ。


「その不可能を可能にしたのが、この結界の効力というわけね」


「そうなりますね。この結界の中では想いの強さが何かしらに形を変える。リアムの場合は自我の保存であり、エリックの場合はあの盾だったのでしょう」


 そうなってくると、あの盾の異様なスペックも理解できる。


 元から争いを好まない性格のエリックが、私とレシファーを守りたいと強く願ったから魔法が発動して、あの盾を生み出した。


 昨日の特訓で分かったが、あの盾は低級なものならなんでも跳ね返していた。


 魔法の結果生み出された物理現象だけではなく、呪いや封印などの目に見えない呪詛などに対しても効果を発揮していた。


「二人して何を話しているの?」


 声に振り返ると、エリックが眠そうな眼をこすりながら立っていた。


 私達の話し声で目が覚めてしまったらしい。


「そろそろ移動しようと思ってね」


「そっか、そうだよね」


 エリックはどこか含みがあるような、そんな表情を浮かべる。


「どうしたの?」


「うん……この後もまだまだ戦うんだよね?」


「そうね。向こうがその気だからそうなっちゃうわね」


 私とて殺し合いがしたいわけではない。しかし、向こうが殺す気で迫って来ている中、手加減をして撃退できるほど、私達にも余裕がない。


「分かってはいるんだ。仕方がないことだってことは……だから僕も力になりたい! ずっと守られているだけなのは嫌なんだ……ダメかな?」


 この子は戦いを避けたいという本心をしっかり抑え込んだうえで、自分も戦いに参加したいと言っているのだ。


 いつまでも守られているのは嫌だと、そう言っているのだ。


 昨日の訓練は、自分に迫った脅威ぐらいは自分で跳ね返してもらうためだったのだけど……


「いいじゃないですかアレシア様」


 私が悩んでいると、レシファーが隣から口を挟む。


「エリックの盾の性能は言うまでもなく、彼自身も筋は良いです。戦う時、アレシア様の近くで戦ってもらえばいい。飛んでくる魔法も大抵は跳ね返せるでしょうし、戦略の幅も広がります」


 レシファーの意見はもっともで、反論の余地はなかった。


 どうせ私も敵も魔女。


 どうしたって遠距離戦がメインになる。


 そんな時に盾で時折相手の魔法を跳ね返してくれるだけで、随分と戦い方にも幅が出来る。


「確かにレシファーの言う通りね。今度からは私の横にいてもらうわよ? エリック」


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