目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第9話悲哀の魔女クローデット 1

「何の声!?」


 突如鳴り響いた内臓を抉られるかのような咆哮に、体を震わせながら小屋の外に飛び出した。


 偵察のために、レシファーと私は漆黒の翼を広げ、どんどん高度を上げていく。


 真下の小屋が、豆粒ほどの大きさに見えるまで上昇したとき、遠くで大きな黒い影が一つ。


 その周りには、小さい影が数えきれないほど集まっている。


「あれってもしかして全部魔獣?」


 私は唖然としたままのレシファーに尋ねる。


「そう……ですね。そうだと思います。信じたくはないですが」


 レシファーは最後に本音を漏らす。自分だってそうだ、あんな数の魔獣に襲われてはひとたまりもない。


 今まで森の防衛が機能していたのは、魔獣たちが散発的に攻めてきたからだ。


 それが、あんな軍勢を組んで来るとは思ってもいない。しかも今ここにはその森は無い。いくら小屋が優秀でも、あの数はさばききれない。


 極めつけはあのデカい影だ。大きさにして小屋の3倍は優にある。あんなのどうやって止まる? 


 幸いなのは、まだこちらとの距離は十分確保されているということと、あちらの進行スピードが異様に遅い。人が歩く速度とほとんど変わらない。あのペースなら接触は夜明け頃と推測できる。


「レシファー、出来るだけの準備をするわよ!」


「はい!」


 レシファーは二つ返事で地表に向かって急降下していった。夜明けまで時間があるのなら、こちらもそれなりの準備が出来る。 


 私が地表に降り立つ頃には、レシファーが凄まじい魔力をため込んでいる。


「どうするの?」


「今からここに出来る限り強力な“森”を召喚します。流石においてきた森ほどのものは創れませんが、足止めぐらいは出来るでしょう」


 レシファーは苦しそうに、その美しい顔を歪める。彼女が今練りこんでいる魔力の量は、傍目で見ても異常だ。


 流石は冠位の悪魔といったところ、その辺の悪魔が一生で使用する魔力を一気に集めている。


「それじゃあ今回の森のデザインは、対空に力を入れてもらってもいいかしら?」


「対空ですか?」


「ええ、巨大な魔獣はどっちにしろ森ではどうしようもないけれど、周りの小型の魔獣ならなんとかなる。相手の魔獣の中に飛行している影が半分近くあったから、森にはそちらを相手して貰いましょう」


「そういうことでしたら!」


 レシファーは私の意図通りに森を形成していく。


 その過程で、人と同じぐらいのサイズの巨大なピンク色の花を無数に設置していく。


 この花は空に向けて種子を飛ばす花で、発射される種子は、一個一個が大砲の砲弾ほどの大きさだ。さらに森を形成する木々を横にではなく縦に伸ばしていく。


 今回は森による地上戦を捨てる。空に特化するために木々の背を伸ばし、ツタを木の上部に隠しておき、敵が近づいてきたら締め上げる。このツタと花による砲撃で、上空はほとんど抑え込めるだろう。


 レシファーが空をカバーしているあいだに私は私で、地上をなんとかしよう。


 正体は分からないが、相手の戦力の中で一番強力なのは、あの巨大な魔獣で間違いない。


 そいつには私が直接当たるとして、問題は周りの細かい魔獣だ。あの数で来られるとひとたまりもない。


 私は両手を自身の胸の前に持っていき、魔力を練り上げる。


 レシファーはあえて森で三六〇度囲わずに、一か所を開けている。そうすることで敵をそこに集めるのが狙いだ。


 私はそこに罠を設置するだけ。


 小屋に近いところから順番に設置していく。


 まずは開けた道の両側にギンピと呼ばれる樹木を、魔力で凶悪化させたものをおいていく。


 この樹木の持つ毒針は、酸で溶かしたような痛みを発生させるもので、それを魔力で本当に酸で溶けるように改良した。


 これで先行してきた小型の魔獣を迎え撃つ。


「あとは敵の後方ね」


 今度は敵が入り込んでから、後ろから挟撃する部隊を創り出す。


 森の入り口にはリグナムバイタと呼ばれる世界で一番固い木を植え、敵が通り過ぎたら動きだすように刻印を仕組んでおく。


 さらに太さを人の2倍ほどにし、長さは敵に怪しまれないように、レシファーが創り出した木々と同じ長さまで伸ばす。


 これで相手にとっては、前方からは私とレシファーとギンピの毒針、後方からはリグナムバイタの木人、さらに空には対空砲とツタという戦力が出来上がる。


「アレシア様、仕掛け終わりました」


「こっちも今終わったわ!」


 報告に来たレシファーは、汗一つかかずに涼しい顔をして私を見る。一方私は、全身汗だくで息も上がっている。


 長時間の小屋の制御もあったが、この仕掛けを創るのに相当な魔力を消費してしまった。


「アレシア様、少し仮眠をとられては? 敵がこちらに来るまで、あと3,4時間はあります」


「そうね、そうさせてもらうわ」


 悔しいが、レシファーの提案に乗ることにした。


 全盛期の私ならこんな仕掛け一瞬だったろうに……そんな思いを抱きつつも、これが今の自分なのだと無理矢理納得した。


「エリック、寝るわよ」


 私は小屋に戻り、エリックを呼ぶ。ここのところ人肌が恋しく思う時がある。


 エリックがこの小屋に通いだしてからかしらね? それまではそんなことなかったもの。


「エリック?」


 呼んでも返事がない……私は心臓がヒヤッとした感覚を覚える。


 この小屋はさほど広い作りではない。いつもなら呼んだらすぐに私のもとに走って来るのに、なぜ? 


 敵がここに忍び込んでエリックを攫っていたという可能性も無くはないが、それを私とレシファーに悟られないように行うのは不可能に近い。


「エリック?」


 私は自分の部屋のドアを開けて、安堵した。珍しくエリックが私のベットで眠っていた。


 いつもなら恥ずかしがって絶対に私のベットには来ないのに……不安なのよね、きっと。


 私はエリックを起こすわけでもなく、そのままベットに入っていく。ホッとしたら一気に疲れが押し寄せてきた。


 こちらを向いて眠っているエリックを私はそっと、それでいて手放さないようにしっかりと抱きしめる。


「アレシア?」


「起きちゃった? ごめんなさい、でもこのままでいさせて」


 私はそう言って強くエリックを抱きしめ、そのまま深い眠りについた。



「アレシア様」


 私を呼ぶレシファーの声に反応して目を覚ます。


「もうじき?」


「ええ、そろそろです」


 私は伸びをしてベットから静かに這い出る。


 エリックはまだ寝かせておこう。どうせ敵が本当に近づいてきたら、眠ってなんかいられないのだから。


 それに……獣1匹たりともこの小屋に入れさせる気はない!


 気合を入れて小屋の外に出て羽を広げ、空に舞い上がる。


 敵影は夕方に見た時よりも確実に近い、あと一時間もしないうちに森に接触しそうだ。


「大丈夫ですか? アレシア様」


「なんのことかしら?」


 強がってはいるが、レシファー相手に隠し事が成功したためしがない。


「お辛そうですよ?」


 レシファーの指摘は本当にその通りで、実際魔力もほとんど回復していない。これは誤算だった。


 ここまでフルに魔力を使ったのは久しぶりで、まさかここまで全盛期の時の私と落差があるとは思ってもみなかった。


「気合でなんとかするわ。この空間では想いの強さが反映されるもの、エリックを護りたいという想いは誰にも負けないわ!」



 私はそう啖呵を切ると一度地上に降りて、最後のチェックをする。


 私の魔力の大半を注ぎ込んだ仕掛けなのだから、機能してもらわないと困る。


 相手が魔獣の軍勢なんて、どっかの作り話みたいね……私は心の中でクスリと笑う。


 これだけの数の魔物を召喚して統率出来るとなると、今回の相手はあの子ね、相変わらずの召喚使い。


「悲哀の魔女クローデッド」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?