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第8話休息

「アレシアは大丈夫なの?」


 部屋に入るなり開口一番、彼は私の身を案じてくれた。


「ありがとう、大丈夫よ。今回なんてまともに食らったのは蹴り一発ぐらいだもの」


 私は微笑みながらエリックの背中をさする。


 こんな状況で私を心配してくれるなんてね、本当に優しい子。


 エステルとの戦いではほとんど無傷だった。寧ろその前の、魔獣に散々噛まれた傷の方がまだ痛むぐらい。


 そうは言っても結果論だ。もしあの時エリックが助けてくれなかったら、私はここにいないのだから……



「ねえエリック、そのやたらと大きい盾は?」


 私はずっと気になっていた、人一人隠れられそうな巨大な盾をまじまじと見る。


 これでエステルは殴られたのか……そりゃあ魔法も使ってしまうわね。


「これは、その……聞いても笑わない?」


 エリックは少し恥ずかしそうに私をじっと見る。彼に見つめられると、自分の頬が緩むのを感じた。


「笑わないから話してみて?」


「分かった、じゃあ話すね」


 エリックは安心した顔で話し出した。


「声が……声が聞こえたんだ」


「声?」


 私は笑わない代わりに眉間に皺が寄る。魔女界隈で、声が聞こえるというのは大体が良い兆候ではないからだ。


「うん。だけど知らない声じゃなかった、前に夢でアレシアのことを見たって言ったよね?」


「ええ言ってたわね、最初に会った日にそんなこと言ってたわ」


「その時からいつもアレシアが夢に出てきてたんだけど、その夢の中で聞こえる声が頭の中で響いたんだ」


 私がいつも夢に出てくる? そんなことあり得るのかしら? そして、いつも同じ声が響くと……かなり意図的なものを感じるわね。呪いとはまたちょっと違うのでしょうけど……


「そんなことどうして黙ってたのよ、普通じゃないことぐらいエリックにも分かるでしょう? ちなみに、私がでてくる夢ってどういう夢なの?」


 夢の内容によっては、なんの目的でどういう意図をもって見せている夢なのかが分かるかもしれない。


「言えない」


 エリックは俯きながら顔を真っ赤にして首を横に振る。


「言えないって、どうしてよ」


「だってアレシアに嫌われたくない」


 そう呟くエリックを見ていて気づいてしまった。思春期の男の子が他人に言えない夢なんて一つしかないものね。


「別にそんなことぐらいで嫌いになったりしないわよ。なんとなく夢の予想がついちゃったから、あってることを前提にして話すけど、私が誘惑している側?」


 エリックは黙って頷く。  


 ということは夢魔関係の仕業でしょうけれど、私に夢魔の知り合いはいない。


 それに夢魔の見せる淫夢なら、邪魔になるから余計な声なんて入れるはずがない。


「そう、夢に関してはもう良いわ。それよりもその盾よ」


 夢の分析はまたの機会にじっくりとするとして、その盾の方が問題ね。


「これはアレシアが蹴られた時に声が、強く願えば武器が手に入るって、言ってた。この空間では想いがそのまま強さに変わるとかなんとか……」


「そうして願ったらその盾が現れたってこと?」


「うん。あと、僕にアレシアの夢を見させていたのは自分だって言ってた」


 自白する夢魔なんて聞いたことがないから、夢魔ではなさそうね。


 それよりも気がかりなのは、想いがそのまま力になるということを理解していること。当然、エリックに教えたことはない。


 この空間がどんなものか理解していて、私とエリックを引き合わせようとする何者か。


 生きている者でそれに該当しそうなのはキテラぐらいだろうけど、二年前の時点では自我を失っているから違うわね。


 そうなってくると一人しか思い浮かばないけど……いやまさかね、ありえないわ。


「その声って、男の声だったりする?」


「うん、そうだよ。アレシアとは浅からぬ縁があるって言ってた。アレシアは誰か分かる?」


 今度はエリックが私に質問する番だった。


 私と浅からぬ縁があって、この空間のことや、魔法について知っている男。もう彼しかいないじゃない……


 気づいたら、自分の頬を涙が静かに流れていた。


「アレシア! どうしたの? なにか聞いてはいけないこと聞いちゃった?」


 突然泣き出した私にエリックが慌てふためく。


 違うのよ、エリックはなにも悪くない。まさか殺された後も、エリックに生まれ変わっても、私のことを三〇〇年以上見守ってくれていたなんて……


 その彼とエリックの想いの結晶が、この盾なんだ。


「大丈夫よ、取り乱してごめんなさい。その夢については何も心配ないわ。その声の主については……ごめんなさい分からないわ」


 私は一つ嘘を吐く。エリックに声の主を説明しようとすると、どうしてもエリックが彼の生まれ変わりだという事実を避けれなかった。


 キテラが話してはいたが、幸いエリック自身が少しパニックになっていたからか、彼はあの話をほとんど憶えていないみたい。


 私はエリックが好き。だけど私自身が、この感情がきちんとエリックに向いているのか疑っている。


 彼の生まれ変わりだから好きなの? 


 それとも、彼と一緒にいると光を奪う呪いが解けるから? 


 全部否定したいけど、完全に否定できない自分が堪らなく嫌い。


 私の感情の整理が出来ていないまま、エリックに告げる勇気は私にはない。


 エリックを傷つけたくない、エリックに嫌われたくない。


「そうなんだ……じゃあまた今度、話せるときが来たら聞かせてね」


 エリックは満面の笑みを私に向けた。


 本当に優しい子……私の心の内を全て見透かしていて、それを踏まえて急かさないで待っていてくれると言っているのだ。


 これじゃあ、どっちが年上か分からないわね。


「ありがとうエリック、じゃあもう遅いから寝ましょうか」


 私はエリックを抱きしめ、一緒にベットにダイブする。最初は照れて暴れていたエリックもだんだんと静かになり、小さな寝息を立て始めた。


「もう寝ましたか?」


 エリックが寝静まったタイミングで、レシファーが入ってきた。


 全身血みどろなのはかたずけの成果だと思いたい。


「ええ、それより洗って来たら? その服」


「アレシア様も人のこと言えないですよ? エリックが気の毒です」


 レシファーに言われて気づいた。思わず笑ってしまう。そうね人のことどうこう言える状態じゃなかったわね、私。


「せめて血痕と、見えちゃまずいところだけは直しましょう」


 レシファーは魔力を込め始めた。





 翌日、空の明るいうちに移動することにした。


 よく物語に登場する魔女や魔獣の例にもれず、やはり“魔”というものは夜間にこそ本領を発揮する。


 なので今のうちだ、移動と言っても歩いて旅に出るわけではない。


 この小屋ごと移動させる。


 この小屋の防御力はそこらの城塞並だ、捨てていく方が勿体ない。


 もちろん、この小屋の操作中は完全に他の魔法は使えない。


 なので昼間に移動する。これは、レシファーとエリックとの会議の結果決まったことだ。


「じゃあ行くわよ!」


 私がありったけの魔力を込めると、小屋の床から地面に向けて木製の足が4本生え、ゆっくりと歩き始める。


「どこに向かうの?」


 エリックは不思議そうな顔で私を見る。


 実は、この結界内の地理については全くと言っていいほど情報がないのだ。


 とりあえず魔獣がやってくる方角に進めば、間違いはないという浅い考えだ。


「とりあえず奥よ、奥!」


 そう答え、小屋の操作に集中する。今はまだ森の中を進んでいるから良いが、このまま進んでいくと森から抜ける。そこからがこの旅の本番だ。


 最初、森ごと移動させては? という凄まじいアイデアがエリックから提案されたが、残念ながら却下となった。


 理由としては、魔獣たちの人間界への侵入を防ぐ役割があるので動かせないというのが一つと、もう一つが魔力の問題だった。


 あの規模の森ごと移動しようものなら、一瞬で魔力が底を尽き、なにも出来なくなってしまう。






 もうすぐ日が沈む。移動はここまでにしたほうが良さそうだ。


 小屋はもといた場所からおおよそ二十キロほど進んだだろうか? 


 森はとっくに抜けていて、荒々しい荒野が広がり、所々に湖のようなものが見える。


 ここまでの道中も何頭かの魔獣が襲ってきたが、全て小屋の自動迎撃の刻印によって弾き飛ばしていた。


 エステルによって強化された魔獣ならともかく、普通の魔獣ごときではこの小屋に触れることすらできないだろう。


 それだけこの小屋は、新緑の悪魔であるレシファーが、丹精に作り上げた代物だった。


 私は魔力を流すのをやめて一息つく。もうじき日が暮れるのと、これ以上の連続移動は、戦闘になってしまった時の戦い方に影響してしまう。


 小屋はゆっくりと足をしまい、まるで最初からそこにあったかのようにひっそりと佇む。


 そうして私が一息ついている時、遠くで凄まじい叫び声が響いた。


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