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第3話不死の魔女 3

「落ち着いた?」


「うん」


 これからどうしようか? キテラがすぐに動ける状態では無いことは確かだと思う。自我を失い、ずっと魔獣を生み出すための体になっているものを、そう簡単に元に戻せるはずがない。


 とりあえずエリックには、この結界の中で何が行われているのか、分かってもらわないと。


「良いエリック? これからこの結界の中で何が起きているかを、知ってもらわなくちゃいけないの。ちょっと見たくないものだったり、信じられないものばかりだと思うけど、冷静にね」


 エリックは静かに頷く。


 賢いこの子なら、何を見ても騒いだりするとは思えない。それが少し安心材料だ。大きな声で喚かれたりしたら、魔獣が寄ってきかねない。


「じゃあ着いてきて」


 全身に絡み付くような緊張感が、私たちの足取りを自然と速くする。


 小屋まで戻り、さらにその裏の森の中を進んでいく。その間、エリックは終始私の手を離さなかった。


「ここからは絶対、大きな声を出さないでよ」


 私はエリックに再度言い聞かす。


「分かった……さっきの話しだとこの先に魔獣がいて、レシファーとアレシアが一緒に創った森が、自動で撃退し続けてるんだよね?」


 この先は森ではない。


 私とレシファーの魔法で創り出した森の加護は得られない。


 正確に言えば、まったくないことはないが、森の中程の加護はない。


「そうよ。じゃあ実際に見てもらうわ」


 私はエリックの震える手を引き、身を隠しながら、森の向こうが覗ける位置に彼を引っ張る。


 エリックの体はガクガクと震え、両手で私の手を強く握る。


 初めて魔獣を目にするのだから、怖くて当たり前だ。


「ほら見てごらん」


 私が指さす先を見たエリックは一瞬小さく悲鳴をあげ、尻もちをついてしまった。


 無理もない。


 今まで魔獣を見たことがない人間が、それもまだ十四歳の子供があれを見てしまっては堪らない。


 むしろ叫ばなかっただけでも褒めるべきね。


 エリックが見た先には、人の身長ぐらいはありそうな、犬型の真っ黒な魔獣が立っていた。


 目は4つあり、口は鼻と顎のあいだに2つ、二段構えで並んでおり、どちらにも剃刀のような牙が並んでいる。


 一匹でも恐ろしいのに、それが百匹以上の群れで森に向かって走ってくるのだから、怖いに決まっている。


 私も久々に見たせいか、少し体に力が入る。


「大丈夫?」


 私は青い顔をしているエリックの背中をさすりながら声をかける。


「うん、なんとか……あれが魔獣なの?」


「ええそうよ。あの魔女、キテラが創り出した魔獣の中ではもっとも数が多いわね」


「もしかしてあの中を進むの?」


 エリックは、不安そうな顔で私の体にしがみついていた。


 彼の反応が普通だろう。


 私やレシファーは、何度も何度もあの魔獣を見てきたから、今さら特別な恐怖心などは抱いていないが、エリックは違う。


「流石にそんな無茶はしないわ。私達が移動するときは森の力を使うから」


「森の力?」


 エリックは不思議そうに顔を傾げる。


「ええそうよ。見てみなさい?」


 震えるエリックの背中を押して、森の外を見せる。


 私の指さす先、ちょうど平原と森の境目……魔獣の群れが乱雑に森に侵入しようと突っ込んでくるのが見えた。


 私は思わず後ずさるエリックの背中を支え、前を向かせる。


 私達の視線の先には、森に向かって突進してくる魔獣の群れを、木の根が素早い動きで容赦なく突き刺し、木の枝が鞭のようにしなって魔獣を撃退していた。


 さらに大木そのものが動き出して、その大きな体を使って魔獣を踏みつぶしたり、殴り飛ばしている。


 踏みつぶされた魔獣だった肉片は、ぐちゃりと嫌な音をたてて後続の魔獣たちに踏まれ、あたりに大量の血液をばら撒いていく。


「おぇぇ!!」


 エリックはそれを見て嘔吐してしまった。


 だからあんまり見せたくはなかった。


 あんなグロいシーンを、子供に見せるのは気が引ける。


「大丈夫よエリック、いずれ慣れるわ」


 私はエリックを安心させるため、背中をさする。


 本当ならこんなもの見せたくは無いけれど、これからのことを考えた時、こういうのにも慣れてもらうしかない。


 最初は私だけ単独で乗り込んでキテラを倒して来ようかとも思ったけど、それではリスクが高すぎると考え直した。


 キテラは、私が彼と離れたら真っ先に彼を狙うはず。そうなった場合、レシファー一人では荷が重い。


 魔法の腕ならば、キテラは族長になるだけあって誰よりも優れている。


 レシファーもレシファーで、悪魔の中ではかなり高位の存在なのは知っている。知ってはいるが、悪魔の性質上、契約した魔女が近くにいなければ大した力は振るえない。


 それに、やはり私にはエリックと離れてなにかをする勇気が無い。


 私が離れているあいだに、エリックの身になにかあった時、おそらく私は自分を許すことが出来ない。


「一旦戻りましょう」


 ある程度落ち着いたエリックを連れて、深い森の中小屋に戻る。


 小屋に戻る最中も、遠くで魔獣の鳴き声が響き、森のざわめく音が伝わってくる。


 そのたびにエリックは肩を震わせるのだった……



 小屋に戻り、私はエリックを早く寝かすことにした。


「エリックはベットで寝てなさい。私はいろいろ準備があるから」


「わかったよアレシア、早く来てね」


 そう言ってエリックは小屋の奥にある寝室に入っていった。


 そのあと私はレシファーと相談し、結局エリックと行動を共にして、彼を護りながら進むしかないという結論に至った。


 私はこれからの準備をしようと立ち上がったが、正直なところ何を準備すればいいのか分かっていなかった。この結界がどれほどの大きさなのかも知らなければ、当然キテラの居場所など分かるはずもない。


 さらに言えば、キテラ以外の魔女の動向も気になるところだ。


「アレシア様、私もお供しましょうか?」


 振り向くとレシファーがスカートの端を持って、わざとらしく一礼していた。


「レシファー……良いの?」


「何を今さら遠慮なんてしてるんですか? 私とアレシア様の付き合いなんて、三〇〇年を軽く超えてるんですよ?」


 レシファーに言われて私は少し笑ってしまう。確かにそうだ、悪魔と魔女の契約、それも三〇〇年以上も一緒にいて、いまさら遠慮なんて……


「貴女のいう通りだわ。私どうかしてたみたい」


 そのまま無言でレシファーを抱きしめた時、森の奥で凄まじい爆発音が響き渡った。


「なに?」


 レシファーと顔を見合わせる。


「分かりません、今までこんなこと……」


「私が見てくるから、レシファーはエリックをお願い」


 そう言い残して私は小屋を飛び出し、自身の魔力で漆黒の翼を編み出す。


 爆発音があった場所はここからそう遠くない。


 音がした方角を見れば、世闇に妖しく光る、魔力の炎が立ち込めていた。


 私は一気にそこに急行する。


「どうして?」


 私が現場に到着して最初に発した言葉はそれだった。なぜなら爆心地に立っていたのは、想像していたような強力な魔獣などではなく、いつもこの森に突撃を繰り返していた魔獣、昼間にエリックに見せていた、もっとも数が多いタイプの魔獣だったから。


「ハハハ!! なにをそんなに驚いている?」


 固まる私を見て、魔獣は獣の唸り声のようなおぞましい声を発した。


「これはお前が?」


 私は冷静になって辺りを見渡す。この魔獣を中心に半径5メートル四方が飛び散り、木々のかけらが燃えている。


「他に誰がいる? 眠りすぎておかしくなったのか、アレシア!」


 魔獣は肯定とともに私の名前を呼ぶ。


 おかしい……魔獣に知性があるだけでも十分おかしいのだけれど、そもそも私の名前を知っているのは魔女だけのはず。


「どうして私の名前を?」


「さあてねっ!!」


 魔獣は私の疑問には答えず、真っすぐ私に向かって突っ込んでくる。


 如何に知性を持っていようと所詮は獣か……


「命よ、我に従い、その名を示せ!」


 私は突っ込んでくる魔獣とは対照的に、冷静に右手を上空に、左手を地面に向けて静かに唱える。


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