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第2話不死の魔女 2

 不死の呪いがかかった私にとっての二年間なんてあっという間だったけれど、人間である彼にとってみれば大きな二年間だった。


 特に成長期なのもあって、背はかなり伸びた。


 もう私と変わらないぐらいかな? 


 それでもサラサラの金髪と、まだ頼りない細い手足なんかは二年前とあんまり変わらない。


「じゃあアレシア、また来週」


 エリックはそう言って小屋をでる。前は、何度か心配で結界付近までついていったが、最近はそれもしていない。


 実際この二年間、なにもトラブルは起きていない。


 彼には、私がここで何をしているかは伝えずに済んでいる。


 彼は、私が魔女でレシファーが悪魔というのは認識しているようだが、それもどこまで信じているか分からない。


 だけど、彼は一度もこの森の向こう側や、私が普段何をしているのかなどを聞いてはこなかった。


 たぶん彼も、どこかで触れてはいけないことだと思っているのでしょう。


 だから彼には、私が普段眠っていることも、彼がいなければ目が見えないことも、なにも伝えないでいられた。


 当然、エリックが三〇〇年前のあの人の生まれ変わりかも知れないということも黙っていた。


「じゃあねエリック!」


 私は彼を見送り、小屋に戻る。あと少ししたら視界が曇ってくるはず。


 そう思いベットに横になるが、いつまでたっても視界が曇らない。


 どうして? いつもならそろそろ……まさか!?


私は嫌な予感がしてベットから飛び起きる。


 そして動きやすいように長いドレスを引きちぎった。


「レシファー!!」


 私は小屋から出ると真っ先に彼女を呼ぶ。レシファーが私抜きで強力な魔法を使えないように、いまの私も一人では強力な魔法は使えない。


「はいアレシア様」


「結界の境界線に向かうわ、あの子まだ中にいるみたいなの」


「わかりました、急ぎましょう!」


 レシファーは自身の背中に漆黒の翼を生やし、浮かび上がる。


 私もレシファーと同じ魔法を使って翼を展開し、レシファーに合図をして飛び立つ。


「エリック!」


 飛び始めてものの数分でエリックの姿を捉えた。


「アレシアにレシファーまで」


 エリックは驚いた顔をしながらも、少し安堵した表情を浮かべた。


「出れないの?」


「いつもならこの道を真っすぐに行けるんだけど、今日通ろうとしたら、なにか見えない膜のようなものがあって通れないんだ」


 私は、エリックの指さす先に手を伸ばす。


「アレシア様危険です!」



「キャッ!」


 結界に触れた私は、全身に雷に撃たれたような衝撃が走り、後方に吹き飛ばされた。


「アレシア!!」


 エリックは急いで私に駆け寄り、抱え起こす。


「アレシア様! この結界はあの女が張ったものですよ? 貴女が触れて平気なはずが無いじゃないですか!」


 レシファーは私をキッと睨み、そう告げる。


 たしかにレシファーのいう通りだ。三〇〇年前の魔女狩りの際、あの女は力のある生き残った魔女たちを引き連れ、この結界空間を作り逃げ込んだ。


 いくら魔女が魔法を使えるといっても、人間たちの数の暴力にはかなわなかった。


 私はその時には光を失っていたため、レシファーの指示通りに行動し、この結界の一番端っこにひっそりと居座ることになった。


 私も中にいることを彼女達は許容した。


 あとで盲目の私をいたぶる為だろう。


 レシファーと共同で創り出した森の力と、魔女狩りの影響で彼女達の力が一時的に弱まっていたのもあって、私たちに手出し出来なかったが……


 つまりこの結界は人間たちの侵入を拒絶すると同時に、私を逃がさないために作られたものだ。それほどまでに同胞の魔女達の、私に対する怨みはすさまじかった。



「相変わらず人間の男が好きなのね、貴女」


 不意に声がしたので私は跳ね起き、エリックの前に立つ。


「誰!」


 あたりを見渡したがやはり誰もいない。私達は警戒を解かないまま固まっていたが、目の前の木の枝にカラスがとまっているのが見えた。


「あなた……」


 私はカラスに声をかける。エリックは信じられないといった感じだったが、レシファーは流石に気づいたらしい。


「御機嫌よう。裏切りの魔女アレシア、まさか貴女の目に、再び光が届くとは思っていなかったわ」


 カラスからあの女の不快な声が聞こえる。


「どういうこと? 確かあなた正気を失っていたはずじゃ……」


「そのはずです。魔女狩りの影響で、失った魔力を回復していた数十年間は平気でしたが、徐々に自我を失い、魔獣を排出し続ける者になったと記憶してます」


 私の疑問にレシファーも乗っかる。私もそうレシファーから聞いているし、実際フルオートで防衛する森の機構も、この女に意識があれば突破されているはず。


 これだけの長いあいだ無事でいられたのは、魔獣に知性が無かったからだと私は思っている。


「確かに貴女達のいう通り、私を含めてこの結界に逃げ込んだ魔女たちは、自身に不死の呪いをかけた。体制を立て直し、人間に復讐するために……だけど、私達は気付かなかった。体は不死でも心は、精神は、それだけの長い時間には耐えられなかった。それも復讐心だけではね。その点、アレシアはずっと眠っていたから、精神を病まずに済んだってわけね。本当に忌々しい女」


 カラス越しに吐き捨てるように話す彼女……


 私から光を奪った魔女、魔女の族長、復讐者。彼女を形容する言葉はいくつもあるが、彼女の名前は……


「じゃあどうしていまさら正気に戻ったの? アリス・キテラ」


「そうね~原因は一つではないけれど、一番の要因はそこの少年かしら?」


「どうしてエリックが原因になるのよ!」


 私は、自分の感情が思っていたよりも昂っているのを感じた。


「その子がどうして結界を出入り出来たかは分からないけれど、その子はこの結界の中で唯一の人間。そんなのが二年間も出入りしてたら、私達の意識も次第に戻ってきたわ。人間への憎しみ、貴女への憎悪、我々魔女の憎しみの根幹たる二人が、楽しそうに過ごしているんですもの、当たり前でしょう?」


 キテラは、カラス越しでもすさまじい魔力を感じさせた。さすがは魔女の族長といったところ、空気がピリつく。


「貴女の言う通り、キテラ達から見たら私は裏切りの魔女なのでしょう。私が引き金となって魔女狩りが起きたと言われても、反論できないわ。それでも私は、魔女が人間を下に見るのは間違ってると思う! ましてや復讐なんて絶対にさせない。この子に、エリックに手出しはさせない!」


 そう宣言したとき、自身の魔力が溢れだし、辺り一面に植物が凄まじい速度で生えてきた。


 感情の制御が効かない。


「ふふっ、随分その坊やにご執心なのねアレシア。その子がそんなに大事? それはその子があの男の生まれ変わりだから? それとも彼がいれば、光を奪う呪いが解けるから?」


 キテラは厭らしい声色でそう揺さぶってくる。彼女が話し終えた瞬間、木のツタが恐ろしいほどの速度でカラスをひねりつぶした。


 昔からそうだ、私は頭に血が昇ってしまうと自分を抑えきれない。


「酷いわね~」


 上空を見上げるともう一羽のカラスが円を描くように飛んでいる。


「黙りなさい! この結界にエリックを閉じ込めてどうするつもり?」


「そんなの簡単よ。昔のように、貴女の目の前でそこの坊やの手足を順番に引きちぎり、ゆっくりと殺してやるわ! そして貴女はもう一度光を失うの! 下賤な人間に焦がれるような瞳などいらないでしょう? そんなのは魔女じゃないわ! 盲目のまま絶望の淵に叩き落としてあげる!」


 キテラが得意げに語る言葉を、私は黙って聞いていた。どんどん体が内側から熱くなっていくのを感じる。


 エリックの手足をちぎる? あの細くて可愛いらしい手足を? 


 エリックを殺す? この無邪気に笑うエリックを殺すというの?


 私が上空を一睨みした瞬間、さっきまで喋っていたカラスがはじけ飛んだ。しかし、すぐに他のカラスが喋りだす。


「あら、怒らせすぎたかしら? 安心しなさい。私はまだ目覚めたばかりで魔力もほとんど戻っていない。だから直接相手にするのはまだ先ね。それまでに貴女とその坊やが、魔獣どもに殺されなければだけどね」


 そう言い残し、キテラは使い魔のカラスとのリンクを切った。彼女が去ったことで冷静になった私は、状況を分析する。


 キテラが目覚めてしまった以上、エリックを人間の世界に帰すには、彼女を殺して結界を解くしかない。


 そしてキテラは、本当に魔力が復活していないのだろう。あの使い魔のカラスで挑発するのが精一杯といった感じだった。


「どうします? アレシア様」


「そうね~何をするにしても結局、エリックにいろいろ話すしかないわね。でもその前に……」


 私はエリックを手招きし、近寄ってきたエリックを抱きしめる。


「ごめんなさい。私が二年前に貴方のことをちゃんと拒絶していれば、こんなことにはならなかったのに、私の心の弱さがこの事態を招いた。心のどこかで、貴方と一緒に過ごせたらって願ってしまった……」


 私は気づいたら涙を流していた。何年ぶりの涙だろう、罪悪感で押しつぶされそうだった。


 裏切りの魔女の分際で、少しでも人並みの幸福を求めようとしたのがいけなかったのかもしれない。


「アレシアが気に病むことじゃないよ。僕は自分の意思でここに来たんだから、こうなったのも自業自得。それに何度も警告はしてくれていたじゃないか。それを無視してたのは僕だよ?」


 そう強がるエリックも、やっぱり怖いのでしょう。


 抱きしめた私の腕の中で、静かに震えていた。


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