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光を失った魔女の追憶
光を失った魔女の追憶
DANDY
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年01月11日
公開日
6.5万字
連載中
中世ヨーロッパで発生した魔女狩り。その発端とされた魔女アレシアは、同胞からの呪いにより光を奪われ、三百年以上結界の中で眠りについていた。ふと目が覚めて外を眺めると、遠くから三〇〇年前に殺された恋人に瓜二つな少年がやってくる。

それから毎週末になるとやってくる少年の相手をする生活が二年続いたある日、結界が急に反応して少年は閉じ込められてしまう。

そこに魔女狩りで同胞を大勢失った魔女の族長キテラが現れ、三〇〇年ぶりの復讐を始めると宣言する。アレシアは、四皇の魔女と呼ばれる魔女狩りを生き延びた強力な魔女達を退けながら、結界から少年を逃がすための戦いに身を投じていく。

そもそもの魔女狩りの原因は本当にアレシアなのか?
真の敵の正体とその目的とは?

第1話不死の魔女 1

 ふと意識が戻る。


 あれからどれだけの時間眠っていたのかしら? 


 ダメもとでゆっくりと目を開けると、窓から射し込む日光が部屋を明るく照らし、木目の荒い天井が視界に映る。


「え……どうして見えるの?」


 私はひどく驚き、思わず呟く。


 私にはもう光は戻ってこないはずなのに……


 ベットから起き上がり、大きな鏡の前で自分の姿を確認する。


 鏡に写る自分は当時と何も変わっていない。今が何年なのかを知ろうと思い、昔に作った魔道具を覗くと、いまは西暦二〇〇〇年。




 そう、あれから約三〇〇年近くも眠っていたのね……




 長い時間眠り続けた私は、再度鏡に映る自分を眺める。


 肌は、不死となった当時の美しいままで、シルクのような長い銀髪の髪も変わっていない。


 唯一変わったのは着ている紫のドレスぐらいのもので、流石に三〇〇年経ってしまっては、あちらこちらに穴や切れ目が入り、とても人前に出れる格好じゃない。


「久しぶりに外の空気でも吸おうかしら? 途中で起こされなかったということは、森の防衛機構はちゃんと機能しているのでしょうし……」


 しかし、どうして目覚めたのかしら? 私があの魔女に光を奪われてから、ずっと魔法で眠っていたのに……なにかあれば起こすようにレシファーに言っておいたんだけど、どうやら違うみたい。


 外に出て辺りを見回す。ほとんど全方位を森に囲まれた私の小屋の近くには、細い小川が流れている。


 その小川に架けられた小さな橋の向こうは、道のような開けた空間が真っ直ぐにのびていた。


 なにも異常はない。


 そう思って遠くを見ていると、一本道の向こうから、輝く金髪をなびかせながら歩いてくる少年が見えた。


「そんなはず!」


 私の脳裏には死別したあの人がちらつく。


 そんなはずはない! 似てはいるがあれはまだ子供だ、人間の子供……人間の子供? この結界の中に人が入ってくることなどあり得ない。


「君、どうしたの? どうやってここまで来たの?」


 私は、不思議そうにあたりを見渡しながら向かってくる少年に声をかける。すると少年は私の顔をじっくりと見つめてきた。


「お姉さん、夢の中で見た人だ!!」


 そう言って私を指差し、少年は無邪気にはしゃぎだす。


「夢って? 私が出てきたの?」


「うん! お姉さんが森の奥にある小屋で眠っているのを見たんだ! その森が、週末に毎回遊びに来ている森とそっくりだったから、道があるんじゃないかと思って探したの」


 そうして歩いていたらここに来たというわけね。


 しかし夢か……私は人の夢に出るような魔法は知らない。偶然かしら? でもどうあれこの子には早く出て行ってもらわないと。


 人間がウロウロするにはここは危険すぎるから。


「そう。君の名前はなんていうの?」


 私は無意識に、すぐに帰すはずの彼の名前を尋ねていた。


「僕はエリック、十二歳だよ」


「私はアレシア、歳は……秘密よ」


 自分から尋ねた手前、名乗らないわけにはいかない。


「いいエリック? この場所はとても危険なの、だから早くお帰りなさい。そして、ここには二度と来てはいけないわ」


 私はエリックと名乗る少年の頭を撫でながら、優しく諭すように話す。


「嫌だ!」


 嫌だって言われても……子供のこういう理屈抜きの、ストレートな感情が一番厄介ね。


「我儘言わないの!」


「嫌だもん! もう時間だから今日は帰るけど、また来週来るんだから」


 そう言ってエリックは一本道を走っていった。


 危険だからついていこうとしたが、この森よりこちら側は安全なのだと思いだした。そうじゃなければ、私がここで守り人をやっている理由が無くなってしまう。


「良いのですか? 帰しちゃって」


 突然背後から聞き馴染みのある声がした。振り返ると、そこには十八歳くらいの見た目の美しい少女が立っていた。黒を基調とし、フリルがついたメイド服のようなものを着ている。


 そこらの男が見たら惚れてしまうに違いない。


「良いのですかってどういう意味よ? レシファー」


「いえあの子、おそらく彼の生まれ変わりですよ? アレシア様が眠りについてから三〇〇年のあいだ、この森の防衛機構は一度たりとも魔獣の侵攻を許していません。ここでなら安全に暮らせるのですよ?」


 レシファーは暗に、媚薬でもなんでも使って篭絡してしまえと言っているのだ。流石は悪魔、発想が物騒すぎる。


 もちろん私にだって、あの子が彼の生まれ変わりだろうってことは想像がついている。


 そうじゃないと、私から光を奪った呪いが解けているのはおかしいもの。だけど……


「駄目よ! あの子にはあの子の人生があるんだから。私の都合で、彼の人としての一生を左右してしまうのは駄目」


 話しているうちに、少し視界が曇ってきた。


 そう……あの子は結界を無事に抜けたのね。


 それじゃあもう会うこともないわ。私の瞳に、光が届かないのと同じように。






 私には二つの呪いがかかっている。


 一つは、愛する人がそばにいなければ光を奪う、光奪の呪い。


 もう一つは、目の前で愛する人を惨殺された絶望から、勝手に自身にかかってしまった不死の呪い。


「また眠りにつくわ。なにかあったら起こして」


「分かりましたアレシア様」


 私はレシファーに後を任せ、自室に戻っていく。


 光奪の呪いは、愛する人が世界にいる限り発動しない。あの子が彼の生まれ変わりだから、一時的に効力が無くなったということかしら? 


 まあでも私に呪いをかけたあの女も、まさか私が生まれ変わりと再会するとは、思っていなかったでしょうからね。


「おやすみ……世界」


 私は自室のベットの中で、ゆっくりと長い長いまどろみに溶けていった。




 はずだった!





「え! なんでまた目が覚めるの?」


 ベット脇の魔道具を見ると、あれからまだ一週間しか経っていない。どういうこと? また目が見えてるし……まさか!


 私は急いでベットから飛び起きて小屋から出る。そしてそのまま橋を超えて歩いていくと、遠くからエリックが走ってきた。


 彼には結界が機能していないの?


「アレシア~」


 エリックは手を振りながら私の名前を叫ぶ。その姿に心を奪われた自分を認識した。


 あの子が彼の生まれ変わりだから? あの子がいると光が届くから? 今は分からないけど、それでも私の決心は変わらない。


「エリック! どうして来ちゃったのよ。ここは危険だから早く帰りなさいって言ったでしょう?」


「僕もまた来るって言ったでしょう?」


 ああ、確かに言ってたわね。許した覚えはないけど……


「それにこの場所の何が危険なの?」


 エリックにそう言われて言葉が詰まった。


 魔獣とか魔法とか結界とか言っても、この年の頃だと信じて貰えないって心配より、興味を持たれてますます帰らなくなる可能性の方が高い。


 私が言葉に詰まっていると、後ろから足音がした。


「いいじゃないですかアレシア様。ここは今のところ安全ですし、この子が来るのは週末だけ……それぐらいの息抜き、許されるべきです」


「お姉さんはだれ?」


 エリックは、突然現れた全身真っ黒なレシファーに尋ねる。


「私はアレシア様と契約している悪魔、レシファーと申します」


「契約? 悪魔?」


「ちょっとレシファー!」


 私はレシファーを睨む。ペラペラと聞かれたらまずいことを!


「アレシア様……お気持ちは分かりますが、もう時代は変わったのです。あの当時、アレシア様がしたことで多くの同胞が亡くなったことは事実です。しかしもう良いのではないですか? 貴女様は十分に苦しみました。いまだって人間界との境界線上で、防衛ラインを敷いてアイツらの侵攻を押し止めている」


 レシファーはいつになく真剣な眼差しで私を見据える。


 本当に心からの言葉なのだと実感した。


 本来、私達魔女が悪魔と契約する際、何かを対価として捧げなければならないが、私達の関係はちょっと特殊だ。


 私たちの契約には、なにも対価が発生していない。ただただ当時の私を見ていた彼女が、あまりにも可哀想だということで契約を持ちかけてきた。こんな悪魔は彼女しかいないだろう、同情で魔女と契約した悪魔は彼女だけだ。


「今日はもうちょっとここにいても良い?」


 エリックは、真剣な空気などどこ吹く風で呑気に聞いてくる。


 私は毒気を抜かれてしまい、ため息をついた。


 どうせ今日帰したってまた来週も来るんだろうし……それならいっその事、私が起きて一緒に過ごした方が安全か。


 そう私は自分自身に言い訳をする。


「分かったわよ。好きになさい」


 私がそう言うとエリックは目をキラキラさせて小屋に向かって走っていく。その後姿を見ながら隣のレシファーに声をかける。


「本当に私が眠っている間、一度もこの森を突破されていないのよね?」


「それは間違いないです。万が一突破されていたら、目が見えない貴女を叩き起こしてでも、魔法を使ってもらいます」


 レシファーは珍しく微笑みながら私にそう告げる。


 彼女が、かなり高位の悪魔だというのは分かっている。そうじゃなければ、これほど広大な森の戦線を用意出来ない。


 この魔法は間違いなく彼女の実力なのだが、悪魔は自分だけではその魔力の一部しか行使できない。私のような魔女と契約をし、近くにいて始めて強力な魔法を行使できる。


 私はふと、昔から疑問に思っていたことを尋ねる。


「レシファーが、私に同情で契約してくれたのは知っているけど、どうしてここまで私に協力してくれるの? 三〇〇年以上前の魔女狩りで、魔女はかなり減った。あなたたち悪魔にとっても、魔女が減るのは困るはず。なのに、どうして人を守る私に協力してくれるの?」


 私の問いに、レシファーは拍子抜けしたような顔で答える。


「何を言うかと思えばそんなことですか? 簡単ですよ。私は他の悪魔や魔女の皆さんと違って、人間を恨んでなどいないのです。確かに魔女狩りで私の前の宿主は殺されましたが、それでも憎んだのは実際に殺したその人間だけで、種族としての人間にはさして興味はありません。私はただ追いつめられる貴女を見ていられなかった。あんな目にあったのに、それでも人間も魔女も恨まずにいる、そんな貴女の生き方に魅了されただけです」


 レシファーは、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいのことを平然と言ってのけ、そのまま森へ消えていった。


 残された私は、小屋に突入していくエリックの後を追いかけ、触っていい物や悪い物、この結界の中で、どこまで行っていいのかなどを詳細に説明しながら、彼について回る。




 そうして私の、週末にだけ目覚めて彼と一日過ごす日々が始まり、気づけば二年も経過していた。


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