公式文献に初めて記述があったのは1544年の冬頃に織田家家臣の名前の中に内葉家操という名前が確認できる。
末席の末席であるが、家操が織田家から認められた貴重な書類である。
その頃は油奉行として那古野城の油の買い付けを行っていたらしく、現代まで続く油屋としての内葉屋の創業もこの那古野城の油の管理から派生したとみられている。
少し前までの説では那古野城で集めた油を職権を利用して自分が建てた油屋に安く卸して利益を上げていたと思われていたが、米ぬかから米油ができることを発見し、それを産業化したのが内葉家操であったことが判明し、横流しではなく自社製品を城に安く卸して城の財政を大きく助けた事が近年発見された資料から明らかになる。
この時点で家操は現代の年齢だと10歳であったため、何者かの手柄を横取りした可能性を疑われたが、農民出身かつ身分の低く子供の家操が手柄を奪えるだけの武力があるとは思えず、自らが全て考案していた可能性が高いというのが近年での研究成果である。
戦が落ち着き、冬となった。
油奉行となったことで商人達から就任祝の付け届け(贈り物)が届くようになった。
江戸時代の様にそれだけで生活できるような品の数々ではないが、俺は返礼品として石鹸や干しシイタケ、蜂蜜を贈った。
これは贈り物程度で漬け込まれる様な者ではないという意思表示であった。
また油座から自分達の権利を侵害していると警告が来たので、菜種や大豆等の既存の油とは違うことを強調し、座の利益が上がればシェアが低下しても良いということの言質を取り、油の経済規模の拡大をするように手を打った。
石鹸の技術開示である。
石鹸の利益は大きいが、俺の作っているやつは椿油を使うため匂いが他の油と違う。
そして織田家御用達というブランド力がある。
石鹸を町民が使えるようになるには技術開示して量を作れるようにした方が良いと判断した。
油屋が石鹸を作り他国に売るようになれば油の消費量が上がり、結果油の需要も高まる。
全体の規模は増えるが、油の価値もそれで一定に保たれるだろう。
「うむむ、家操さんと大黒屋がここまで譲歩してくれるのなら文句は無い」
結果油座の役員は折れることになった。
逆に俺は油を搾った搾りかすを購入したいと伝えるとそんなもので良いならと独占契約するようになった。
油の搾りかすは米油も含めて鶏の餌にしたり、肥料として使うことができる。
今は殆ど備蓄になっているが、溜めておいて損は無いだろう。
「ほほぉ、これが鶏の料理か!?」
「ええ、鶏の照り焼きになります」
鶏をたまり醤油と蜂蜜、酒で作った代用みりんで焼いた一品だ。
鶏の肉が茶色に輝いている。
「うむ! 美味いな! 米が進む!」
「なにこれ美味しい!」
吉法師様や小麦様もご満悦の様だ。
ちなみに吉法師様の弟や妹達は基本信秀の居る末森城で生活しており、吉法師様が嫡男として別格の扱いとして幼いうちから那古野城城主の立場になっているらしい。
まぁ基本は平手の爺さんや林のおじさんが那古野城の切り盛りをしていたが。
小麦とその母親が那古野城に来ているのは信秀の正室……吉法師様の母君がこれ以上側室に力を持たれるのを嫌った政略的意図があるのだろう。
照り焼きを重臣の方にも出したが、最初は鶏が使われていると知って戸惑っていたが、吉法師様と小麦様が美味しそうに食べるので毒味の役割をこなすことを忘れてしまい、慌てて食べ始めるのだった。
「う、美味いですな」
「食べたことの無い味だ。鶏とはこれほど美味かったのか……」
「こちらもどうぞ」
俺は麦湯……麦茶を出す。
冬で冷えるので少し少し暖かい程度で舌が火傷しない温度に調整した麦茶を湯呑みに注ぐ。
「気遣い感謝する」
「いえいえ、出過ぎた真似を」
吉法師様や家老の人達へ注いだりしていると吉法師様から
「鶴、ずいぶんと稼いでいるようだが油座の連中からのやっかみが強かったろう。どういなしたのだ」
流石吉法師様、耳が早いようで俺の行動はある程度把握しているらしい。
油座に石鹸の技術を開示したことを話すと金蔓を手放しても良いのかと聞いてきたが
「石鹸が高すぎるのですよ。油を使うとはいえ、庶民が多く買えるくらいまで値段を下げても俺のところは利益が出るように持って行く所存です。で、特殊な椿の香りのする石鹸は量が作れないので高級品に、米油で作った石鹸は安価にしてと同じ石鹸でも価格差を作ります。そうすると自然と客層がバラけて更に利益が出るのですよ」
「お前本当に農民だったのか? 商人の方が向いているのではないか?」
「いやいや、農民じゃなかったら米ぬかから油を作り出そうという発想が出ませんよ」
「いや、普通出んからな。それにお前椿からも油作っているだろ。うちの愚連隊でも真似をした者が実を搾っても油が出ないと嘆いていたぞ」
「油が出るのは椿の種の方ですよ。それに2手間挟まないと油は取れませんよ」
「教えろ……と言いたいが、鶴の金蔓を奪うことになるな。やめておこう」
こういう経済感覚が吉法師様のセンスの高さを現しているだろう。
「愚連隊も大きくなってきたから何か訓練をしようと思うのだが、鶴……何か案はないか?」
「でしたら中華で足球と呼ばれる蹴鞠の亜種をやりませんか?」
「ほう、どんな物だ?」
俺は吉法師様にサッカーのルールを教える。
「手を使わずに足だけで球を蹴るのは蹴鞠と同じか。ただ足球は球を転がし陣に入れる必要があるのか」
「はい、活力が有り余っている愚連隊の面々なら面白いことになるかと。城内の鍛錬場でもできる広さはありますし……あとは相撲ですかね。大会を開くのもありですね。鶴めが商品を用意致しますが」
「うむ、それも良いな。ただ武芸を強めていきたいが……」
「武芸ですか……でしたら絡繰弓なんかどうでしょうか」
「絡繰弓だと?」
「ええ、少々お待ちを、実物を持ってきます」
俺は食い終わった皿を片し、ホームセンターに置いていたコンパウンドボウを吉法師様や重臣の方々に見せる。
「滑車が弓の先端に付いておるな」
「滑車が回ることで弓のしなりを強める効果がありまして、弱い力でも素早く遠くに弓を飛ばすことができる武器でございます。これを使えば弓を引く事が力不足で出来なかった者でも弓を引く事が出来るようになります」
「強弓が誉とされているが、強弓を使うよりも簡単に遠くに飛ばせるのであれば兵の鍛錬が少なく済むか」
「ただこの弓は壊れやすいため野戦よりも城での防衛用の弓として扱うのが良いでしょう。ただこれを使えば普通の弓の引き方を体に覚えるのが楽になりますから、補助の道具として考えた方が良いでしょう」
「うむ、愚連隊の中には弓が扱えない者もおるからな。その弓は幾つある?」
「今10張ほど、1ヶ月あればもう20張くらいは作ります」
平手様が
「それを作れる職人はいないのか?」
と聞かれ
「今国友という村にて鉄砲という道具を作れるように修行に出ています。弓よりも練度を磨くのが短期間で済むが金がかかる飛び道具でありますが、既存の鎧が無力となる威力を持ちます」
「ほう、鶴はその鉄砲は使えると思うのか?」
「その鉄砲、数があればどんな強兵でも弱兵が倒せるようになります。その分人が多く死にますがね」
「そんな武器ができるのか! 早く手に入れたいな」
「鍛冶師が帰国次第工房を作りますので数年お待ちを」
「うむ!」
吉法師様は満足そうだ。
「鶴、絡繰弓の威力を今度確認する。効果があるようであればその技術を広めよ」
「は!」
吉法師様から命令が下るのだった。