休日の朝、いつものように朝食の準備をしようとリビングへ降りていくと見慣れない光景が目に飛び込んできた。
夫の豊が、黙々と何かを整理している。リビングの隅に積み上げられた段ボール箱、床に広げられた雑誌や書籍。彼が、朝からこんなことをしているのを見るのは、結婚して二十五年になるが、初めてだった。
豊は、家のことなどほとんどしたことがない。いや、する気がなかった。結婚前まで実家暮らしだった豊は、料理、洗濯、掃除、そして片付け、家事全般を義母に任せていたため社会人になってからも大きくなった子どものままだった。
そのため家のことは私が担当していた。パートで時間が短いことと、豊は帰りが遅いため必然的に私の役割になっていた。私も出来る方がやればいいと思っていたし、豊も家のことを何もやらないことを悪いと思っているのか、感謝の気持ちを言葉にして伝えてくれるので特に不満はなかった。
そんな豊が、なぜ、片付けをしているのだろうか?不思議に思って声をかけると、彼は、少し照れくさそうに、いつもの優しい笑顔を浮かべて言った。「ちょっと…整理しようと思って」と。
「整理?何を?」と聞くと、やや早口になりながら、「断捨離って言葉知って興味を持ってさ…」と答えた。豊が早口になる時は、何か隠している時だ。
もっとも悪いことばかりではなく、結婚一年目の時は私が気になっているといったピアスをプレゼントしてくれた。その時も部屋でごそごそとしていたので尋ねたが「ちょっと探し物していて…」と早口で答えた。
その時は見られたくない昔の写真でもあるのかと疑ったが、数日後、プレゼントをくれた時に、見つからないように隠し場所を探していたら部屋に入ってくるから焦ったと教えてくれ疑ったことが申し訳なくなった。
その後も、子どもたちのプレゼントを隠したり私に内緒で少し高価なカメラを買ったときはこうして部屋をごそごそとしていた。
今回も何かある。長年の経験から春香は悟ったが、それが何かは分からないし必要以上に聞かないことにした。
その日から、豊の片付けが始まった。まるで何かに取り憑かれたかのように、彼は毎日家の中の物を整理し始めた。クローゼットの中の服、本棚の書籍、押し入れの中の物。趣味で集めていたコレクションの数々、学生時代から大切にしていたギター、旅行先で買った土産物。全て、彼の「片付け」の対象となった
最初は、私も面白がっていた。そのうち飽きるだろうから、片づけの熱がある間はそのままにしておこう。今まで何度か片付けてほしいと言ったが聞く耳を持たなかったため、一体どんなスイッチを押したらここまで豊をやる気にさせるのだろう。と思ったが、願ったり叶ったりだったため見守ることにした。
しかし、彼の片付けは、ただの整理整頓ではなかった。それは、徹底的な断捨離だった。
彼は、迷うことなく物を捨てていく。
昔読んだ漫画、学生時代の写真、そして定期購読して何年も集めていた雑誌まで。潔く段ボール箱に詰め捨てていく。
「これも捨てるの?ずっと大事にしてきたものじゃなかった?」と私が言うと、彼は少し困った顔をしたがすぐに「もう…決めたんだ」と言い、新しい物を受け入れるには古い物を捨てて、新しい物をいれるスペースの確保が必要だと断捨離の本に書いてあったことを教えてくれた。
「新しい環境にするには、要らなくなるものは手放さないとね…」、要らないものではなく、要らなくなるもの、その表現に少し違和感を感じたが言葉のアヤだと思いそのままにした。
彼の片付けは、1か月半ほど続いた。その間、部屋のものは格段に減った。
テレビでやっている片づけ番組のように、必要最低限のものしか置かれていない部屋となった。あるのはベッドとハンガーラックに仕事用のスーツとYシャツが3セット。その他衣類も3セット分。書棚1段に定期購読していた雑誌の最新刊と1つ前のものだ。
「読み返すことがないことに気が付いたから」といつの間にか定期購読も解約していた。物が減ったことで、部屋は広く感じられるようになったが、同時に、どこか寂しい、がらんとした雰囲気も漂っていた。
私は、豊の様子が気になっていた。なぜ、彼は、急にこんなことを始めたのだろうか?何か私に言えない隠していることがあるのではないか?彼の行動の裏にある理由を探ろうとしても、彼はいつも曖昧な言葉でかわすばかりだった。
ある日の夕食、豊がいつもの穏やかな笑顔ではなくどこか深刻な表情で言った。
「春香…ちょっと話があるんだ」と。
私は、ドキッとした。何か良くないことが起きる予感がした。食事が喉を通らなくなるのを感じた。
「実は…健康診断で引っかかって再検査を受けてきたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓が、凍り付いたかのように感じた。再検査。それは、良い知らせではない。嫌な予感が、確信へと変わった。
「再検査ってどこか悪いの?」と私が聞くと、豊はさらに俯き震える声で言った。
「毎年、健康診断で引っかかっていて経過観察や要検査になっていたんだ。肝臓の数値が、年々悪くなっていたけれど同僚たちも同じように引っかかっていたから特に気にしてなくて…それでも心配だからみんなで再検査を受けに入ったら、俺だけ後日再検査になって…それで今度は精密検査の案内をされたんだ」
私は、言葉を失った。毎年引っかかっていた?なぜ、今まで一度も教えてくれなかったのだろうか?なぜ、私に隠していたのだろうか?様々な疑問が、頭の中を駆け巡った。
豊は、辛そうに、目を伏せた。「先生には、詳しい検査をしないと今の状態では何とも言えないと言われた…」と。
私は、震える手で、豊の手を握りしめた。「大丈夫よ。きっと、何でもない。心配しないで」と、精一杯の笑顔で言った。しかし、私の心の中は、不安と恐怖でいっぱいだった。豊が、今まで健康診断のことを隠していたこと。そして、今回、再検査になったこと。全てが、最悪の事態を予感させた。
後日、豊は、精密検査を受けた。結果が出るまで10日かかると言われた。その間、私は、毎日、不安で眠れなかった。インターネットで肝臓の病気について調べたり、過去の健康診断の結果を何度も見返したりした。しかし、調べれば調べるほど、不安は募るばかりだった。
そして、結果が出た。豊は深刻な病気で余命宣告を受けた。
そのことを聞いた時、私は頭が真っ白になった。何も考えられなかった。ただ、涙が止まらなかった。目の前が真っ暗になり、足元がぐらつくのを感じた。
豊は、私の様子を見て、静かに言った。「春香…今まで、何も言わなくて…ごめん…」
私は、何も言えなかった。
「実は…片付けを始めたのは、このことを知っていたからなんだ。親父が亡くなった後に遺品整理をするお袋の姿を見て、春香にはこんな思いをさせたくないと思って。」
豊の言葉に、私は全てを理解した。彼の片付けは、ただの整理整頓ではなかった。それは、私、そして子どもへの最後の、そして、最大の愛情表現だったのだ。
彼は、毎年健康診断で引っかかっていた。そして、年々結果が悪くなっていた。
再検査を何度も受けるうちに、最悪の事態を想像したのだろう。もし、自分に何かあった時、私や子どもたちが困らないように、少しでも負担を減らせるように、そう思って片付けを始めたのだ。
私は、豊の言葉を聞いて胸が張り裂けそうになった。彼の優しさ、彼の愛情、そして、彼の覚悟。全てが私の心に深く突き刺さった。
私は、豊を強く抱きしめた。ただただ強く抱きしめた。涙をすする音だけが二人の中で小さく響いた。
豊は、微笑みながら私の頭を優しく撫でた。「僕の方こそ、ありがとう。君と、子供たちと、出会えて、本当に幸せだった」と。その言葉は、優しくそしてどこか悲しげだった。
それからは、闘病生活が続いた。副作用で辛く苦しんでいた時もあるが、私は出来る限り豊を支えた。部屋は、片付けてしまったがまた回復して豊が好きなものをまた少しずつ増やしていきたいと思っていた。
豊は、病と闘いながらもできる限り普段と変わらない生活を送ろうとし、笑顔を絶やさなかった。それは、私と子供たちを安心させるためだった。
豊は、最後まで前向きだった。病気のことを深刻に語ることはなかった。いつも、私たちのことを心配し私たちを励まし続けた。
そして、ついにお別れの時が来た。豊は、静かに穏やかな表情で息を引き取った。私は彼の手を握りながら最期を看取った。
豊が亡くなった後、私は、彼の残した物を整理した。彼の片付けのおかげで、整理は驚くほどスムーズに進んだ。彼の持ち物は、必要最低限のものだけになっていた。彼は、本当に、何もかも整理して、旅立って行ったのだ。
私は、彼の残した少ない荷物の一つ一つを手に取り、彼のことを偲んだ。彼の優しさ、彼の愛情、彼の強さ。全てが、私の心に深く刻まれていた。彼の片付けは、単なる整理整頓ではなく、家族への、そして私への、深い愛情の証だった。
豊の片付け、それは、最後まで家族のことを想ってのものだった。それは、彼からの最後のそして最大の愛情表現だった。彼は、自分の人生の終わりを、自分の手で家族を想いながら「片付けた」のだ。
私は、豊の想いを胸にこれからも子供たちと強く生きていく。彼が教えてくれた大切なことを忘れずに。彼が残してくれた、愛情という宝物を大切にしながら。