リビングの床に転がるのは、脱ぎ捨てられたYシャツと靴下とネクタイ。テーブルの上には、飲みかけの缶ビール。「また昨日も酔っぱらって帰ってきたみたいだな」とため息をつきながら、私はそれらを拾い上げた。
結婚して3年、この光景は見慣れたものとなっていた。夫の豊は、仕事人間だ。上司や取引先からの評価されているようで周りに比べ出世は早い方だ。
しかし、可愛がられている分、夜の接待に駆り出されることも多く日付が変わって帰ってくるのも当たり前になっていた。
結婚前は、仕事熱心な豊を尊敬していた。休日も出社することが多かったが文句ひとつ言わずまっすぐに取り組む姿がかっこいいと思っていた。
しかし、結婚後は休日は家にいないためせっかくの休みも家で一人で過ごすことが多く家のことはすべて私がやるようになっていた。そのことに関して、豊は感謝の言葉を口にすることはなく、それどころか「排水溝少し汚れていたから掃除しておいてくれ」とまるで姑のようなセリフを口にするのであった。
彼にとってこの家は、寝に帰る場所、着替えをする場所、そして、エネルギーを充電する場所。そこに、生活感や温もりはほとんどない。
結婚前、豊から「俺が家計を養うから、優は、出張とかはセーブして家のことに専念してほしい。」と言われた。当時の私は、出張や残業も多く、豊と同じく休息のために帰っているようなものだった。
子どもがほしいとも思っていたので、いずれ今のような生活は出来なくなりセーブせざるを得ない時期が出てくる。妊娠して急に変わるのは同僚たちにも迷惑がかかる、何よりも、大好きな人の役に立ちたい、という気持ちもあり、結婚報告をした際に業務内容についても相談しキャリアから外れた。
しかし、現実は甘くなかった。豊は、朝早く家を出て、夜遅くまで帰ってこないことが多く、接待や会議でほとんど家にいない。私は、苦手な家事に邁進する日々を送っていた。料理、洗濯、掃除。どれも、得意とは言えない作業だったが、豊のために、一生懸命頑張った。
そして、キャリアを外れたことに寄り業務内容は格段に減り定時で帰れるようになったが、入力作業など単純作業が続き仕事が楽しいと思うことがなくなり喪失感でいっぱいだった。
しかし、豊はたまに私が不満を漏らすと、「確かに俺も言ったけど、仕事をセーブすると決めたのは優だろ?家事が苦手だから練習になると前向きに思うことは出来ないの?」と全く持って理解されない。
その言葉を聞くたびに、私の心は荒んでいった。私は、豊の所有物なのだろうか。彼の都合の良いように扱われる、召使いなのだろうか。私の存在意義は、彼の身の回りの世話をすることだけなのだろうか。
結婚当初は、豊の帰りを、毎日楽しみに待っていた。夕食を作り、温かいお風呂を用意し、彼の帰りを心待ちにしていた。しかし、彼はいつも遅く、疲れた顔で帰ってくる。食事もろくに取らず、すぐに寝てしまう。私の存在は、彼の生活の一部品でしかないのだと、痛感させられた。
そんな生活が続くうちに、私は、ある疑問を抱くようになった。「私は、本当にこのままでいいのだろうか?」と。豊の言う通り、仕事をセーブし家庭優先の生活を選んだ。確かに最終的に決めたのは、私だ。しかし、今の状況は、思い描いていたものとは全く違っていた。
私は、キャリアを諦めたことを後悔し始めた。大学を卒業しこれからキャリアを築いていくという時に、豊と出会い結婚した。周囲からは、「もったいない」と言われたが、私は、豊との幸せな家庭を築くことの方が、キャリアよりも大切だと思っていた。
しかし、今の私は、ただの家政婦だ。いや、家政婦以下かもしれない。家政婦なら、給料をもらえる。しかし、私は、豊から感謝されることもなく、ただ、彼の身の回りの世話をしているだけだ。
ある日、私は思い切って豊に言ってみた。「私、また仕事を頑張りたいんだけど…」と。
豊は、眉をひそめた。「何を言っているんだ?決めたのは優だろう?家のことはどうするんだ?」
「確かに私が決めた。でもそれは、将来子どもが出来たときの事を考えて職場にも迷惑をかけないためでもあった。毎晩、仕事や接待で私が仕事をしていてもいなくてもすれ違いの今の生活は、私が望んでいたものではない。私は、もっと仕事がしたいの」
「家のこともろくに出来てないのに何を言っているんだ」
豊の言葉に、私は絶望した。彼は、私のことを全く理解していない。いや、理解をする気がないのだ。その日から、私は妻としての役割を果たすのを辞めた。豊の顔色を窺うのをやめた。
私は上司に相談して、前の仕事に戻りたいことを告げた。幸い、上司も以前の仕事の取り組みを評価し、元気のない私に気をかけてくれていたようで前の部門に戻れるようになった。同僚たちも温かく迎え入れてくれた。
苦手な家事は、家事代行サービスに任せることにした。最初は休日の数時間、そのうちお互いが仕事に行っている平日に依頼をするようにした。
豊は、気がついているのか分からなかったが特に口に出さなかった。そして私もそのことに触れることはなく、夫婦の関係は、以前よりも冷え切った。彼は、私が自分の言うことを聞かなくなったことに、不満を感じていた。しかし、私は、もう彼の顔色を窺うことはなかった。
ある日、豊がいつもより早く帰ってきた。リビングは綺麗に片付き、夕食は家事代行サービスが作り置きしてくれたものをテーブルに並んでいた。
豊は、不思議そうな顔でリビングを見回した。「今日は…どうしたんだ?」
「家事代行サービス頼んだの。これからは、家事はプロに任せることにした」
私の言葉に豊は何も言わなかった。ただ黙ってテーブルについた。
仕事は遅くなる日が続いたが、私は充実していた。結婚してすぐの頃よりも数時間多く働いているのに、今の方が精神的にも肉体的にも疲労が少なく感じている。
豊との関係は、相変わらず冷え切っていた。しかし、私はもう以前のように苦しむことはなかった。私は、充実感を覚え自分の足で歩き始めている。
ある日、豊が珍しく夜の予定がなく帰ってきて食事を共にした。
「最近…楽しそうだな」
「そうね。仕事が楽しいの」私は、素直に答えた。
「…そうか」豊は、少し寂しそうな顔をした。
「あのね、豊」
私は、一瞬言うのを躊躇ったが意を決して言葉にした。
「私たち…もう、終わりにしよう」
豊は驚いた顔で私を見つめた。
「え…?どういうことだ?」
「私たちは、もう夫婦じゃない。ただの同居人よ。私は、こんな生活はもう耐えられない。私は、私らしく生きたいの」
私の言葉に、豊は何も言えなかった。彼は初めて私が本気であることを悟ったのかもしれない。
数日後、私たちは離婚の手続きを始めた。手続きはスムーズに進んだ。お互いに特に揉めることもなかった。
離婚後、私は新しい生活を始めた。仕事に打ち込めるように職場の近くに部屋を借りた。苦手だった家事も今では一通りできるようになっている。
同僚を家に呼んだら「綺麗に片付いてますね」と褒められるほどだった。
二人で過ごした2LDKの部屋から1DKの小さな部屋と変わり最初は物が溢れていたが、今は快適に、そして何よりも自分らしく生きられるようになった。
抑圧する夫との縁を「片付けた」ことで、私は、新しい道を歩んでいる。
それは、私にとって大きな成長だった。私は、もう誰かに依存することなく、自分の足で自分の人生を歩いていく。
そして、いつかありのままの私を愛してくれる人と出会えることを信じている。