しんごと過ごす時間はリラックスできた。
30歳を過ぎると女同士でも結婚や出産・仕事のキャリアなどお互いの置かれる状況がかわってくる。そしてその場が違うと、相手の言葉に共感しても相手が求める深さまで達することが出来ない。特に、独身のりさにとって旧友の話す育児の話は想像の世界でしか共感することが出来ず、「そうなんだ。大変だね」と言うに留まってしまう。家庭だけでなく仕事の話も、りさと子育て中の友人とは違う。
そういったどちらが悪いでもなく、でも何だか話をしてもスッキリしないまま終わることが増えていき会話に気を遣う。
3組に1組が離婚する、不妊治療を行う夫婦も増えており、同じ既婚者同士でも会話や言葉選びには気を遣っているらしい。特に出産や子どもの成長の発達は時として相手を傷つけてしまう可能性を秘めているため、プライベートのことをよく知らない相手には自分のことも話さないなどお互いに加害者にならないように予防線を張っているそうだ。それなら、結婚も出産・育児もしたことがないりさが理解を示すのは難しい話だろうと諦め、友人とは想い出話に花を咲かせるのであった。
しんごとは、話題に気を遣うこともない。さすがに下着や毛の手入れなど女性としてのエチケットの面では気を遣っていたが一緒にいる時間は自然体でいられた。
WEBデザイナーとして、安定した収入も得られるようになりマンションも購入した。男性によっては劣等感を抱く人もいるのでマンションもことは話さないが、しんごもまた同年代よりは稼いでいる方でマンション暮らしだ。
自慢したいわけではなく、話題の一つとしてお互い話せる。嫌な気分になったりしない。人はいつしか相手の立場や悩みを知ると話題や言葉を選び、紡ぐようになる。しかし、しんごにはそれがない。そんな気楽に話が出来る存在がいることが安心になっていた。
しかし、時々この関係に疑問を感じることがあった。私としんごはどんな関係なのだろうか。セックスはしているから友達ではない。食事もするし休日は長い時間も過ごし、誕生日やクリスマスも共にするからエッチして解散のセフレとはまた違う気がする…。
でも恋人かと言われると、しんごから告白も愛の言葉もない。相手への嫉妬や正式な夫婦になりたいといった願望もない。
二人で遠出もしたことがなかった。旅行の話が出たこともない。りさの誕生日は、店のリクエストを聞かれることも予約もなく、通りかかって空いていた店になんとなく入りご飯を奢ってくれるだけだった。プレゼントは一度ももらったことがない。
友達以上恋人未満…というとそうなのかもしれないが、お互いにやきもきした気持ちはないだろ。長年連れ添った夫婦のような安定した存在。相手に熱を傾けるのではなく、時間を共有する…。事実婚とか、新しい夫婦の形なのかもしれない。周りにはいないので分からないが、一緒にいるということは、そういうことではないか。少なくとも、りさの中ではしんごは特別な存在だった。恋人ではないけれど、他の誰とも違う特別な繋がりだった。
しんごとの関係は3年続いた。相変わらず二人の関係に変化はないし、互いに言葉にすることもなかった。ただ、週末の土曜だけだったのが徐々にGWや年末年始などの長期休暇にはりさの部屋で共に過ごすようになっていた。部屋にはしんごのパーカーや下着などそのまま泊まってもいいように部屋着を置く場所も作られた。
ある日の休日、いつものようにしんごとテレビを見ながら家で過ごしていた。テレビでは、金沢のグルメや雪景色を楽しみながら温泉に入れる貸し切り宿の特集番組が流れていた。それを見ながら、りさはふとしんごに聞いてみた。
「そういえば、しんごと旅行したことなかったよね。どこか遠くに出かけたりしたいと思わない?」
しんごはテレビから目を離さずに答えた。「別に…家でゆっくりしてる方が好きだし…」
「そうなんだ…たまには違う場所に行ったり、美味しいものを食べに行ったりするのも楽しいんじゃないかなって思ったんだけど…」りさは小さな声で言った。
「んーあんまり興味がないかな。もっと近場で、りさがどうしてもって言うなら別にいいけど…」
その言葉に、りさはチクリと胸が痛んだ。「別にいいけど…」それはしんごの本心ではないだろう。しかも、どうしてもという強い私の要望があったうえで近場だったらいい、という条件付きだ。
その夜、りさは、眠りにつく前に改めてしんごとの関係について考えた。
しんごは、一緒にいて楽な相手だ。でもそれだけだ。りさを喜ばせようとか時間を少しでも楽しめるようにと、情熱をかけることはない。まるで、ぬるま湯に浸かっているように心地いいけれど、芯まで温かくはならない、離れたら寒くなるからここから抜け出せない、それは安定ではなく停滞した関係なのではないか…。
「このままじゃ、だめだ…」りさは、心の中で呟いた。この関係は楽だがそれ以上の幸せはない気がした。そして、今はお互いに安定した生活が送れているからいいが、どちらかに変化が起こった時にどこまで助けになってくれるのだろうか。りさは急に不安を感じ始めた。
またある時は、二人で動画を見ているとドラマの最終回の予告が広告で流れてきた。
転勤を機に離れ離れになる結婚前の二人の男女。女性はキャリアウーマンで出世のために仕事に邁進してきた。そんな中で、男性が地方への転勤。女性は仕事と結婚どちらを取るかの選択に悩まされるという内容だった。
「もし、しんごが男性の立場になったらどうする?」りさは、何気なくでも内心期待をこめて聞いてみた
「ん?俺だったら、仕事頑張る彼女を応援したいから何も言わないか出ていく当日に行ってそのまま別れるかな」
「えっ…。彼女の気持ち考えたら辛くない?私だったら地方に行っても大丈夫って安心させてほしいな」
「でも、仕事頑張りたいから今まで頑張ってきたわけでしょ?今までの努力を水に流すようなことする方がもったいなくない?恋愛がすべてじゃないんだし、相手はまた機会があれば見つかるよ」
「それって、私に対しても同じことが言える…?」
「何、どうしたの?今日は珍しくつっかかってくるね?」
「そういうわけじゃないけど…なんか相手のこと考えているようで気持ちまで考えてないなって。」
「…分かった。生理前で少しカリカリしがちなんでしょ。おいで」
「…そうじゃないけど…。」
しんごはそう言って、りさの頭を撫でながら自分の胸に引き寄せる。そして、りさの顎を指であげキスをして舌を絡めた。しんごが吸っていた電子タバコの甘い香りがりさを包んだ。