クリスマスの日に、男女の仲になった二人。しんごの仕事納めの日にりさの家で会った。
しんごが会社のお歳暮で貰ったビールで二人で乾杯をした。
「年末年始は帰省するからもう次会うのは来年かな」
「そっか、気をつけて行ってきてね」
「ありがとう、じゃ、また」
「うん、おやすみ、」「おやすみ」
帰り際、玄関までこんな会話をしその後はおのおの休みを過ごした。
りさは年明けの三連休前に納期の仕事が入っており、一人暮らしの部屋で年末年始を過ごし、作業に没頭していた。
実家に帰り、親族との集まりに顔を出すのは憂鬱だったので仕事が入っているのはありがたかった。仕事なら両親も文句は言えない。
25歳を過ぎてからはは、「結婚はまだか?」「彼氏はいるのか?」両親も親族も顔を合わせるとそのことばかり聞いてきた。りさは地方の出身だった。将来、デザイン系の仕事をするなら都会の方が有利だからと説得を重ね上京してきた。
東京では、結婚をしない人も増えてきて周りもとやかく言わないが地方ではいまだに結婚して子どもを産んでこそ、と言う風潮がある。
普段は面と向かって言われないが、年末年始など親族たちが集まる場では「女の幸せ=結婚」という価値観の人が多い。仲間意識とお酒が入ることによって、縁談や地元に帰ってくることを勧められたりするのでいい気がしなかった。
しかし、34歳を過ぎた頃から周りは何も言ってこなくなった。
安定した仕事を手にしたこともあるが、地方では34歳は結婚適齢期を過ぎたとみなされるのか「結婚」というワードは禁句にでもなったのかと思うくらいぱたりと止んだ。
当時のりさは、何も言われなくなったことに肩の荷が下りたような清々しさと、同時に少しだけ切なさを感じながら、実家の冷蔵庫を開け冷やしてあるビールを一口飲んだ。
そして今日も作業がひと段落したところで冷蔵庫を開けビールで乾杯をする。テレビをつけ番組表を表示させるとお正月の特番番組や箱根駅伝・高校サッカーと年始を感じるラインナップが揃っていた。
手に持っていたサッポロの缶を片手に駅伝に変えたが、ちょうどCMだった。「丸くなるな、星になれ」あのキャッチコピーはいつ見ても秀逸だと思いながら、頑張れと背中を押されている気持ちになり、電源を消し、作業に戻った。
ずっと家に籠っていた年末年始。年賀状も送らなくなり、親しい友人や両親にはアプリで年始の挨拶を送り、あとはスマートフォンを閉じていた。1/4になり、しんごから「今年もよろしく」とだけの短いメッセージが送られてきた。
どうせそのうち会うのだし、送ってこなくてもいいのに。と思いつつも笑みがこぼれた。
なんだか、小学生の頃1/1に届くようにクラス全員に年賀状を送ったのに届かず始業式前日になって慌てて書きました感がにじみ出ている年賀状が届いたことを思いだし、このメールはあの時の年賀状みたいだな、と感じていた。
その後も「付き合おう」などの告白めいた言葉はなく、行為をしている時の「好き」や「愛している」といった言葉もない。
ただ、触れると安らぎがあり心が落ち着く。しんごとのセックスは、一種のセラピーのようだった。充実していると思っていた一人暮らしの毎日に、より温かみを足してくれる。それは照明やインテリアなどの物質的なものではなく、心の奥にあった誰かと繋がりたいという肉体的な欲望でもあるのかもしれない。しんごといるとその欲が満たされていく。
しんごは充実している日常に潤いを与えてくれる。そしてその潤いは、欲しい時に欲しいと言えば叶う、ありがたいものだった。
普段は自分の仕事や趣味を優先し連絡もしない。
金曜日の午後に「週末どう?」と素っ気ない5文字のメールが来る。
「大丈夫」「ごめん、無理」こちらも用件だけ述べる。
そのあとは既読がついても返事はない。
大丈夫なら昼前に、何かすぐにつまめるものを買ってきて、りさが冷やしておいたビールと一緒に食べる。駄目なら、翌週に延期。そんなあっさりとした関係だった。
「おはよう」や「おつかれさま」などの挨拶はもちろん、「今日は何しているの?」とか「おいしいお店見つけたから今度食べに行こう」など甘いやり取りもない。
そういう会話は次会った時に部屋ですればいい。
部屋でしんごが買ってきたものや冷蔵庫にあるものでご飯を食べながら、
「そういえば、この前行った店のチャーハン美味しかったんだよね」
「そうなんだ、どこ?」「吉祥寺」「ランチ混む?」「そこそこ」
こんな感じのやり取りをしながらビールをすする。そして、食後になり話に尽きてきたら手を伸ばし相手を近くに引き寄せる。これが休日の過ごし方だった。
しんごはバイクが趣味でツーリングに行くこともあった。普段は金曜にしか連絡がこないが、そんな時は文章なしで山頂から撮ったであろう写真や長い一本道など自然豊かな写真が送られてくる。写真一枚だったが、りさは見るのが楽しかった。
出掛けていても、自分のことを想い出してくれたんだ。そんな気分になった。
お互いの都合がつけば会う。会っていない時に変な干渉はしない。
それが、「無理をしない大人の関係・付き合い方」だと思っていた。