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epi.3-6 待つ女

遅刻ぐせに苛立つことはあったが、悪いと思い記念日にはプレゼントをくれる瑛太。

そんな瑛太の態度に不満はありつつも、反省や挽回の気持ちがあるからこそだと受け入れていたあすか。いつか遅刻グセが直ることも期待をして、毎回、長時間待っていた。


瑛太といつかは結婚して幸せな家庭を築くこと、朝が苦手な瑛太だから時間管理は私がやろう。お互い苦手な部分は補いつつ、改善されるように高めあう。それはあすかの夢だった。



瑛太のことだから、プロポーズはレストランやおしゃれな場所でするのだろうか、志保が憧れていたディナー中に指輪の箱をパカッと開けて言う。そんなことをしてくれるかもしれない。と密かに期待していた。


それが、自分より先に同棲も結婚する予定だと両親や友人たちに話をしていたなんて…



午後、物件を見に行った。広々としたリビングに大きなキッチン。キッチンは2人で料理もできそうなカウンターのシステムキッチンだった。収納スペースも豊富でパントリーもある。2人ではなく、子どもが増えても十分住めそうな広さだった。

瑛太は嬉しそうに部屋の説明をしてくれたが、私は上の空で言葉が耳に入らない。私はただ、彼の背中を見つめていた。



瑛太との結婚話が大きく進展した。

嬉しいはずなのに、心から喜べなかった。瑛太からは物件の写真や部屋に置きたい家具家電のURLが次々と送られてきた。私もこの家具家電と同じように部屋に置きたい備品の一つとして扱われているのではないか。


瑛太の判断で話が進んでいくことに、あすかは同じ歩調でついていけなくなっていた。



「2月以降は引っ越しシーズンで値上がりもするし休日にお願いすることも難しくなるから年越し前に引っ越さない?」


11月に入りカフェで休憩していると瑛太から突然提案された。

年越し前ということは、あと1か月半しかない。私が黙っていると

「あすか、聞いてる?なんか乗り気じゃない?」と聞いてきた。


「乗り気じゃないというか…引っ越しの話題から同棲、結婚って突然の展開過ぎて動揺している…」


「結婚って勢いって言うじゃん。きっと今、勢いの時期なんだよ」


本当にそうなのだろうか。


「そうなのかな…。なんだろう、私ね瑛太と結婚出来たら幸せだなって…瑛太はどんなプロポーズしてくれるんだろう。プロポーズの次は式場とか部屋とか一緒に探すところとか想像していて…だからいきなりすっ飛ばして部屋も決まっている感じが…なんか…」

「お互い結婚考えていたなら、形はどうであれ良くない?それにさ、一緒に住めばもうあすか外で待つことなくなるよ。遅れたら部屋のリビングで映画見たりもっと自由に過ごせるから良くない?」


この時、あすかの中で何かが崩れた。それはこの2年間、少しずつ蓄積されていった不満だったのかもしれない。


「待って…。一緒に暮らそうとした理由はそれも一つの要因なの?瑛太は遅刻しないための対策や行動はする気がないってこと?」


「意識はしていたよ、今までもアラーム掛けたりもしていたし…。でも苦手なものはしょうがなくない?だから申し訳ないと思って、プレゼントも高価な物にしていたし。それに一緒に住んで待っている間、家にいる方が効率的に時間使えていいかなと思って」


「私は高価な物が欲しかったんじゃない。あなたとの時間を楽しみたかったし、もっと共有したかった。遅刻グセも直そうと頑張って、そしていつか直ると信じて待っていた。でもそもそも、改善する気もなかったんだね」


あすかは大粒の涙を流しながら早口で喋った。自分でも興奮しているのが分かる。


「同棲も結婚の話、全部、私に話もしないで進めていたよね。部屋も、将来のことも、私の気持ちや意向は一切聞いていないよね。部屋を見学に行ってから、置きたい家具のURLとか送ってくれたけど、私は家具家電じゃない。

私のためっていうなら、もっと話を聞いて欲しかったし、二人で考えて進めていきたかった。待たなくて済むからって、待たせないような努力をもっとしてほしかった。その対応が一緒に住んで結婚するということなら、私はあなたについていけない。」



瑛太は黙り込んだ。何を言えばいいのかわからないようだった。


「そうか…いい対応策だと思ったんだけど、あすかは納得できなかったか」


瑛太は次の改善策を練っているかのように考え込んだ。

きっと私の気持ちが分からないのだろう。


「ごめん、分かってもらえないなら一緒に住むこともこのままいることも出来ない」


私はそう言って立ち上がった。

カフェを出て、空を見上げる。紅葉も終わった木々は葉を散らし冬の準備を始めている。



「外で待たなくていい」「家にいた方が効率的に時間を使える」

それは正解だ。タイムパフォーマンスで考えたら、明らかにいい。

しかし、私は待っていた。瑛太が改心することを願って待っていた。

その結果が、先ほどの言葉だった。もう無理だ、この先やっていけない。

あすかは心の奥底から強く思った。


結婚を待ちわびていた相手からの同棲の話。本来なら幸せなのだろう。

しかしあすかの涙は幸せなものではなく哀しみに満ちていた。しかし、後悔はなかった。

あすかは、自分の意思で未来を選んだ。待つだけの女ではなく、自分の足で歩き出す女を選んだのだ。


家に帰り、外の景色を眺める。ノンアルコールのシャンパンを開ける。

お酒の強くないあすかと瑛太のために志保たちがくれたものだ。

今まで瑛太のことを考えてばかりいた時間が、待つことに使っていた時間が、ぽっかりと空いた。その時間をこれからは自分のために使おう。

きっと誰かが、相手が変わってくれるかもしれない。と夢を見たり期待することはやめよう。そんな少女のままでは駄目だ。自分が変わって、自分自身で楽しみや幸せを掴み取ろう。


待つことは、もう、しない。

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