目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

epi.3-5 待つ女

彼氏瑛太の遅刻グセに悩むあすか。

遅刻グセや仕事でなかなか逢えないことを詫びるため、記念日や誕生日には高価なプレゼントをくれてあすかのためにもてなしてくれる。


1年目の記念日の時に「あすか、付き合って1年だね。いつも遅刻ばっかで…待たせてごめんね。ごめんねとこれからもよろしくって意味もこめて…これプレゼント。」とピアスをくれた。

「ありがとう、嬉しい。これからは瑛太がもう少し早く来てくれると嬉しいなー」

「…努力はします。」



そんなことがあったため、プレゼントを受け取るとしばらくは強く言えないのであった。

瑛太の遅刻グセは全く持って改善されなかった。

しかし瑛太自身も反省しているし、私のことを想って喜ぶものを用意してくれている。悪いところばかり見ていては駄目だ。



1時間半後、瑛太からようやくメッセージが届いた。「ごめん、寝てた!今すぐ向かう!」短いメッセージに、謝罪の言葉はあっても申し訳なさそうな様子は感じられない。


「やっと来た…」と乾いた笑いがこぼれる。


30分後、遅れてきた瑛太は悪びれる様子もなく、「待った?」と軽い調子で聞いてきた。「待ちくたびれた」と返すと「ランチは奢るから。さ、行こう」とこちらの機嫌を気にする様子もなく手を差し出し指を絡める。恋人繋ぎをして歩き出す。これがいつものパターンだった。



あすかは待ち合わせのたびに、遅れてくることへの苛立ちを感じていた。

しかし、瑛太との時間は楽しんでいたので逢ってしばらく時間が経つと機嫌も収まり責めるようなことや怒ることはしなかった。


でも、あすかは期待していた。時間通りに瑛太が来て、あすかも終始笑顔で純粋に楽しめる

デートをすることを。そして、遅刻グセも徐々に改善されていくことを。


もし叶ったら、私は瑛太との時間も瑛太自身もより好きになり楽しめると思った。

そして、いつか結婚して笑顔の絶えない家庭を築く。手を繋ぎのんびりと散歩しながら景色や日々のことを話す穏やかで温かい時間を過ごす。そんなありふれた幸せを彼となら手に入れられると信じていた。




その日のデートで、お詫びのランチを食べていると瑛太は突然言った。

「実はさ、引っ越ししようと思っているんだ。このあと物件見に行きたいんだけどいい?」


「え、そうなの?」


驚きながらも、少し嬉しかった。今まで、瑛太の実家に遊びに行くことが多かった。彼の家族に気を遣うこともあったし、もっと気軽に二人で過ごせるようになるかもしれない。


「どんなところ?一人暮らし、いいね。引っ越したらいつでも遊びに行けるね」



私がそう言うと、瑛太は少し戸惑ったように言った。

「いや、一人暮らしじゃなくて…同棲用の物件なんだ」


頭が真っ白になった。


「同棲用…??なんで?」


「えっ…?なんでってあすかと住むためだよ」


「もう付き合って2年だし、結婚も考える時期だろ?実は親にも、半年くらい同棲して生活がうまく行くようなら結婚しようと思っているって話もしているんだ。雄さんにも秘密にしててもらったけど相談していたんだよね」



彼は当然のように言った。私は急展開に言葉が出なかった。

待ちわびていた彼との結婚の話が進展している、嬉しさや喜びよりも「なんで?」という気持ちの方が大きかった。



同棲もその後の結婚も、私より先に親や友人に話をしているのが引っかかった。

何も聞いていない。相談もされていない。全て、彼の一方的な話だった。


「瑛太が住むのって私だよね…?私より先に他の人に話していたの?」

「いずれ話をすることだし、周りの理解もあった方がスムーズに進みやすいかと思って」


仕事では根回しは必要だ。外堀から埋めたり、賛同者がいることで意見が通りやすくなることもある。瑛太は普段から仕事が進めやすいように周りの状況を見て動ける、策士で仕事のできる人間だと思った。


しかし、恋愛においては根回しや第三者にではなく当事者である私に一番最初に言ってほしかった。話をして、一緒に喜びやワクワクを共有しながら物件を探したかった。



彼のやり方に、やるせない気持ちになった。彼は私を、人生のパートナーとして見ていないのではないか。私は何も言わず黙ってついてくると思っているのではないか。

今日の遅刻への怒りは消えていた。しかし、あすかの中にはそれ以上に黒い渦のようなものが心の中を支配していった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?