目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

epi.3-4 待つ女

意図したわけではなかったが、あすかの大胆な行動から始まった瑛太との恋。

瑛太の実家は高級住宅街にあり、近隣に祖父母宅やご両親が運営しているアパートも数棟ある。俗にいう「お金持ちのお坊ちゃま」だった。


育ちの良さか普段から着ている服や鞄や財布も百貨店にテナントを構えるブランド物が多かった。見栄を張っているわけではなく慣れ親しんだブランドとして愛用している様子だったので最初の頃は住む世界が違う人のように思えた。



付き合って1か月後のあすかの誕生日には、客室風呂付きの宿を予約し海外ブランドのバッグをプレゼントしてくれた。宿もプレゼントもあすかには手の届かないような高価な物だった。


「お宿もプレゼントもすごく素敵なもので嬉しい。けど、こんな高価なものばかり受け取れないよ。せめて宿代だけでも払わせて?」と戸惑っていると、

「仕事頑張ろうと思えるのもあすかのおかげだから気にしないで。評価してもらってボーナスたくさん稼いでくるから大丈夫。だから喜んでもらえると嬉しいな」と言い頭を撫でてくる瑛太。


瑛太の帰りは22時を過ぎることも多い。遅いときには深夜2時に終わったと連絡が来る日もあった。遅くまで仕事をして体調を壊さないか心配だったが、仕事で実績をあげるモチベーションに自分がなっていたことに、あすかは嬉しさとそれでも心配な気持ちと、頑張っている姿を見るだけで十分素敵で好きだという気持ちがこみ上げてきた。




記念日やクリスマスには高級レストランに連れて行ってくれるし、プレゼントも欠かさない。しばらくは戸惑っていたが、それも新鮮だったらしい。


「あすかは、好きなブランドを口にしたりねだったりしないね?興味ないの?」と口にした。今まで、どんな女性と付き合ってきたのだろう…。貢ぎグセでもあるのかと気になったが過去があって今があると思い気にするのをやめた。

あすかだって過去に付き合った人はいるし、隠す気はないが特別話をしたいわけではないので黙っていた。お互い今そばにいる相手のことを見ていればいいではないか。


「んー。ブランドでは選ばないかな。好きな系統はあるけれど買い物に行って素敵と思ったものを買うから固定のお店はないかも。」

「あった方が選びやすいのに…」瑛太は残念そうに言う。

「瑛太が何がいいかな?って考えて選んでくれたことが嬉しいの。瑛太センスもいいし、今までのプレゼントもすっごく嬉しかった。これからもずっと大事にするね」

「はぁぁ、もう可愛い」瑛太はそう言ってあすかを後ろから抱きしめて耳元でキスをした。



その後も瑛太はアクセサリーや財布にバッグなどことあるごとにプレゼントをしてくれた。身につける物が少しずつ瑛太からの高価な贈り物で染まっていった。そんなあすかを友人たちは羨ましそうに見ているのだった。そして心の奥底で優越感に浸っていた。





「またか…」

スマホの画面を睨みつける。待ち合わせ時間の5分前。瑛太から連絡は一切ない。これが日常だった。待ち合わせに時間通りに来たことは数えるほどしかなく、いつも1時間以上は遅刻してくる。それも、寝坊が理由だ。



瑛太と付き合って2年が経過した。誕生日に貰ったバッグは今でも大切に使っている。

相変わらず仕事で帰りが遅いこともあの時と全く変わっていない。瑛太の努力もあって仕事は評価されているようで順調に昇給もしている。



付き合い始めは幸せでいっぱいだった。今も逢えば楽しいし、瑛太のことは好きだ。

しかし、瑛太の遅刻グセが直らないことにあすかは苛立っていた。


仕事が遅く、体力的に疲れているのも分かる。あすかも二度寝をしてしまうことはたまにあるので気持ちよさも分かる。しかし、瑛太の場合は常習犯で毎回二度寝が原因で遅刻をしてくる。10~15分ではない。1時間以上の大幅な遅刻だ。ひどい時は3時間遅れたこともあり

あすかは腹が立ち、「今日は逢うのやめよう」と連絡をしたこともあった。

その連絡から30分後に「今起きた。ごめん、今すぐ向かうから逢おう。帰らないで」と連絡があり結局逢うのだが、心から楽しめなかった。



待ち合わせも朝早いわけではない。10時半など平日ならとっくに活動時間になっている頃で直前まで寝ていることはありえない。

最初のうちは、仕事で疲れているから仕方がない。そう自分に言い聞かせていたが、遅刻が当たり前になってくると胸の奥に黒い靄のようなものが沸々と広がるのを止められない。



そして今日も約束の時間を過ぎたが連絡はない。

カフェの窓から外を眺める。楽しそうに手を繋いで歩いているカップルを見るたびに、胸が締め付けられる。手を繋ぐ相手はいるのに、今ここにはいない。私はぬるくなってしまったミルクティーを喉を潤す程度にちびちびと飲みながら、いつ来るかわからない彼を、ただ待っている。




仕事が忙しいこと、時間にルーズなことを、詫びるかのように瑛太はプレゼントをくれる。

彼はプレゼントをすることで埋め合わせようとしているのかもしれない。

瑛太がくれたブレスレットがきらりと光る。ダイヤが4石クローバーの形をしている。

皆が羨む高価で素敵なものに身をまとっているというのに、あすかの心は晴れなかった。


「私が欲しいのは、瑛太と楽しく過ごす時間なのに…」あすかは誰にも聞こえないような小さい声でボソッと呟いた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?