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もう一杯、一緒に飲みませんか
もう一杯、一緒に飲みませんか
中道 舞夜
現実世界現代ドラマ
2025年01月11日
公開日
3.6万字
連載中
不器用で甘え下手な女の「まだ一緒にいたい」の誘い方

相手のことが気になるのに、うまく伝えられない、行動を抑えてしまい後悔する…
大人になっても不器用なのか、大人になったからこそ不器用なのか、想いのまま動けないもどかしい恋の話


epi.1 12年後が待てない女

先日、何気なく足を踏み入れた地元の居酒屋で、予想外の出会いがあった。

普段はあまり外食をしない彩が、その日に限って飲みに出たのはある目的があったからだった。



カウンターに腰を下ろし、瓶ビールとつまみを頼む。

居酒屋で女性一人で入ると、あれ?という顔で見られることが多い。

大抵、待ち合わせか飲み会で早く来てしまった客と勘違いされ予約を確認される。

この日も瓶ビールとグラスを2つ置かれたが、静かに下げてくれていた。その配慮をありがたく思いながら、乾いた喉をビールの泡で潤す。



周囲を見回すと、宴会客が多く個人で来ているのは彩ともう一組のカップルらしき男女くらいであとは賑やかな談笑が聞こえてくる。忘年会シーズンだったため、店内の年齢層も幅広い。


最近は、一人で飲みに行くことにも慣れて、グラスを傾けてビールの泡が黄金比になったことを心の中で喜んだり、グラスの底から立ち上る炭酸の泡を眺めながら、素材を活かしたつまみに舌鼓を打つ静寂な時間を楽しんでいた。


しばらくすると、男性が一人で入ってきた。

店内で空いているのは6人掛けのテーブルとカウンター。

男性は遠慮がちに彩と椅子1個分空けて隣に座った。


店員にお勧めの地酒を聞き、この地域の名物B級グルメを注文する。観光にきたのだろうか、ちらりと斜め隣に座った男性に目をやると、歳は彩とそう変わらないくらい。もし知り合いだったら、きっと気が合って飲み仲間になっていたかもしれない、とぼんやり思った。


しばらくして、男性が注文した地酒とB級グルメが運ばれてきた。

その時、隣の男性が小さく声を上げた。何事かとそちらを見ると、彼の前に置かれたのは、一人で食べるにはあまりにも迫力のある特大サイズの料理だった。彩もそのB級グルメの存在は知っていたし、過去に食べたこともあったが、目の前に出されたそれは、彩の記憶を遥かに超える大きさだった。思わず驚きの表情を浮かべると、男性と視線が合った。


どうせ視線が合うのなら、映画のワンシーンのように、ゆったりとした動作で伏し目がちに髪をかきあげ、少しばかりの色気と妖艶さを添えておいしそうに食べる姿を見せてみたかった。

しかし、残念ながら彩は絶世の美女というわけではない。そんな仕草は似合わない。きっと間抜けな顔で目を丸くし、まるで、食べ物をねだる子供のように口をすぼめていたのだろう。


男性は彩の様子に気づき、「良かったら一口どうですか?」と声をかけてくれた。色気も妖艶さも持ち合わせていないどころか、物乞い女に見られてしまったかもしれない、と彩は心の中で小さく肩を落としながら、そのご厚意に甘えることにした。


Give&takeの法則で、何かお礼をしたいところだが、彩の手元にあるのは飲みかけの瓶ビールと、少し箸をつけただけのつまみしかない。お礼に、故意ではないが唾をつけて返すのは、衛生的にもマナー的にも問題がある。ましてや初対面の人に行うのはいかがなものかと考えていると、男性が観光でこの地を訪れており、名物を色々食べて楽しんでいるのだと教えてくれた。


彩のつまみは、地元の名物であることは確かだ。

「これも名物で美味しいんですよ。私の物は箸をつけてしまいましたが…」と言葉を濁した。まずは相手の反応を見ようと思ったのだ。「良かったら食べてください」と押し付けるような言い方は避けたい。


すると男性は、「それも知っていて、頼もうか悩んでいたんです」と答えた。

どうやら興味はあるらしい。「気になさらないのであれば、一口どうぞ」と改めて勧めると、男性はすぐに微笑み「ありがとうございます。それでは一口いただきます」と応じた。


――男女が食べ物をシェアすると、こんなにも距離が縮まるものなのか――。

大人になり、それなりの年齢を重ねてきた今になって、初めて知った。学生時代の、屈託のない男女の友情とはまた違う、大人の距離の縮め方。長く男女の友情から遠ざかっていたからこそ、この経験は新鮮で、鮮明に彩の心に刻まれた。


その後もお勧めの地酒を聞かれ、いくつか候補をあげると2つで迷っていた。

「私も1つ頼むのでよかったら飲み比べします?」

後から考えると大胆だったかもしれない。男性も少し驚いていたがすぐさま「両方飲みたかったので嬉しいです。」と屈託のない笑顔で返してくれた。



「気になるものが2つある時、こうやって分け合って食べられるのいいですよね。でも、人によっては嫌がる人もいるだろうし、その気持ちも分かるから相手の出方を伺ってしまうのですが、同じ考えの方で嬉しいです。」

さきほど彩が心の中で思っていたことを、言葉にするのでますます好意を持った。


同じ盃を交わしたことで互いの距離が縮まり、そこからは、堰を切ったように会話が弾んだ。男性の名は圭一。観光はあくまでおまけで、本当の目的は趣味を楽しむことだと教えてくれた。圭一の趣味は、彩の趣味と共通する部分が多く、とても魅力的だった。

彩も同じ趣味をやっているということを専門用語を交えながら話をした。

適当に話を合わせているのではなくて本当に好きなこと。


そして、彩はこの時間を終わらせたくなくて、「今、あなたとの会話もとても楽しんでいる。」と伝えるかのように色々と話題を振った。お互いの仕事や過去の恋愛まで、プライベートな話題を話すことは包み隠さず話すのは久々だった。

元々人見知りで、気の知れた人以外の飲み会は断りがちになった彩が、数十分前に出会ったばかりの圭一と、こんなにも楽しく会話ができるのかと、自分自身に驚いた。


圭一の醸し出す空気感や発する言葉の端々から知性と誠実さが感じられ、とても心地が良かった。そして、会話の合間に見せるふとした笑顔が彩の心をざわつかせた。


気づくと閉店の時間まで滞在し、周りの客が次々と帰るのを見て彩たちも店を出た。

「とても楽しかったです。ありがとうございます。」

どちらともなくお礼を言う。

「こんな遅くまでありがとうございます。そろそろ行きますね。」

「この旅の一番の思い出になりました。幸せな思い出をありがとうございます。では、また。」


圭一が手を振る仕草をしたので、彩も手をあげると圭一が彩の手に近づけて指と指が触れ合った。彩は指をずらし圭一と指を絡めたい衝動に駆られた。

しばらく見つめ合っていたが、照れて視線を下に逸らすと


「あ…あの…12年後にこの店でまた会えるといいですね。その時は話すきっかけになったあのメニューを一緒に食べましょう」と男性は言った。



12年後という長い時間は、夢のあるロマンチストの言葉だったのか、それとも、もう二度と会うことはないという、婉曲的な別れの言葉だったのか…



後者だと理解しつつも、彩はあの日の夜を思い出し、胸の奥がほんの少しだけ熱くなる。もし、あの時違う反応をしていたら、という思いが、心の片隅にある。あの時、もっと好意が伝わる言葉や仕草をしていたら圭一との間に別の想い出が生まれていたはずだった。



久々のときめきは、電光石火のごとく眩い衝撃と光を放ち、そして、彩の心に痕跡を残して消え散った。連絡先も聞けなかったのは、あの日指を絡めなかったのは、一人に慣れすぎたせいか、それともこの特別な時間を壊したくなかったから、出会ったばかりという状況が邪魔をしたのか。理由は定かではないけれど、この一期一会の出会いは、彩にとってかけがえのない記憶となった。



毎月第四金曜日。また彩は、あの店に飲みに行く。もしかしたら本当に彼に再会できるかもしれない、という淡く小さな期待を胸に抱いて。もし、逢えたら言おう。


「12年も待てませんでした。」と。


そんなことを考えながら手作りの梅酒をグラスに注ぎ、口に運んだ。



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