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TARGET3:授業準備

 潜入開始から早二週間が経過しようとしていたある日の放課後。


 花岡はコーヒーの香りだけが漂う、誰もいなくなった数学準備室にて、独り言を呟きながら授業準備に精を出していた。


「随分手こずっているみたいね。貴男ともあろう方が随分珍しいんじゃない、SNOT?」


 いや。独り言かと思われたそれは、ネクタイピンに仕込んだ機器越しでの通信であった。


「まあな。黒野ターゲットは中学生ながら、つけいる隙がまるで無くてな。きっと将来大物になるぞ」


 確かに、接点を持つ口実を与えてくれないという意味では、SNOTの言い分は間違ってはいない。しかし、彼が頭を悩ませているのは少し違った事情のようだった。


「ふうん。私にはターゲットを殺さないで済む方法でも探っているように見えるけど?」


 通信機の向こう側からは、エージェント仲間のSALVIAの意地の悪い含み笑いが聞こえる。


「さあ、どうだろうな?」


 さすがに時間をかけ過ぎたか……。ポーカーフェイスを貫きながら平然と誤魔化してはみせるが、SALVIAには完全に思惑を見通されてしまっているようだ。


「まあいいわ。でも、下手な情けは身を滅ぼすわよ?」


「……分かっているさ」


 通信が途切れるのを確認すると、コーヒーを一口飲み込んだ後、一つため息をつく。


 相手は所詮ただの中学生。ただ殺すだけなら方法はいくらでもある。それはSALVIAにも見通されてしまっている通りだ。


 しかし、殺さずに期末試験だけをパスさせる方法となると、何一つ妙案が思いつかないというのが正直なところだ。


 期末試験もすでに二週間後に迫っている。残された時間はそう多くはない。


 哀れな黒野ターゲットには気の毒だが、もう殺すしかないか。SNOTの思考が非情の決断へと傾きかけた、その時だった。


 コンコンコン。


 準備室のノアがノックされる。こんな時間に誰であろうか?


「失礼します」


 控えめな挨拶と共に準備室へ入ってきたのは、依頼人の息子、赤坂蓮也であった。


「おお、赤坂か。珍しいな? 何か分からないところでもあったか?」


 SNOTは咄嗟に教師花岡の顔へと戻り、迷える生徒の話を聞こうとする。


「いいえ違います、花岡先生。いや……とでも呼ぶべきでしょうか?」

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