潜入開始から早二週間が経過しようとしていたある日の放課後。
花岡はコーヒーの香りだけが漂う、誰もいなくなった数学準備室にて、独り言を呟きながら授業準備に精を出していた。
「随分手こずっているみたいね。貴男ともあろう方が随分珍しいんじゃない、SNOT?」
いや。独り言かと思われたそれは、ネクタイピンに仕込んだ機器越しでの通信であった。
「まあな。
確かに、接点を持つ口実を与えてくれないという意味では、SNOTの言い分は間違ってはいない。しかし、彼が頭を悩ませているのは少し違った事情のようだった。
「ふうん。私にはターゲットを殺さないで済む方法でも探っているように見えるけど?」
通信機の向こう側からは、エージェント仲間のSALVIAの意地の悪い含み笑いが聞こえる。
「さあ、どうだろうな?」
さすがに時間をかけ過ぎたか……。ポーカーフェイスを貫きながら平然と誤魔化してはみせるが、SALVIAには完全に思惑を見通されてしまっているようだ。
「まあいいわ。でも、下手な情けは身を滅ぼすわよ?」
「……分かっているさ」
通信が途切れるのを確認すると、コーヒーを一口飲み込んだ後、一つため息をつく。
相手は所詮ただの中学生。ただ殺すだけなら方法はいくらでもある。それはSALVIAにも見通されてしまっている通りだ。
しかし、殺さずに期末試験だけをパスさせる方法となると、何一つ妙案が思いつかないというのが正直なところだ。
期末試験もすでに二週間後に迫っている。残された時間はそう多くはない。
哀れな
コンコンコン。
準備室のノアがノックされる。こんな時間に誰であろうか?
「失礼します」
控えめな挨拶と共に準備室へ入ってきたのは、依頼人の息子、赤坂蓮也であった。
「おお、赤坂か。珍しいな? 何か分からないところでもあったか?」
SNOTは咄嗟に教師花岡の顔へと戻り、迷える生徒の話を聞こうとする。
「いいえ違います、花岡先生。いや……