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TARGET1:王寮銀行社長令嬢(後編)

「ターゲットダウン。これより帰還する」


 入り組んだコンクリートジャングルの喧噪から離れ、静かな夜のハイウェイをひた走るドイツのアマガエル。その車内では、先刻までその身に纏っていたはずの化けの皮をいつの間にやら剥ぎ捨てた元バーテンダーの男が、通信機器越しに何者かとやり取りをしていた。


「お見事ね、コードネーム”SNOTエズノット”。仕事用具はホテルの物を使ってたみたいだけど、どうやって仕込んだのかしら?」


「ティッシュで鼻をかむとき、裏に親指を仕込んでおいた。後はシェイカーの裏側に少しばかり触れてやればいいだけさ」


「なるほどね。さしものレディもそんなところまでは警戒できなかったようね」


「そりゃそうだろうよ。ところで”SALVIAサルヴィア”。そのについてなんだが……。本当に殺す必要があったのか?」


「あら、お金のためなら何でも殺す冷徹なエージェントともあろうお方が珍しいことを言うわね。もしかして……レディを抱きそびれてしまったのが心残り?」


「馬鹿言え。財務大臣の手つき品の相手なんざ頼まれたって御免だ」


 車内に充満するタバコの煙。


「女癖の悪さで有名なあの大臣が目当てなら、わざわざその愛人を殺さずとも、いくらでも直接釣り出す手段があっただろうといいたいだけだ」


「確かにそうね。でも、お気に入りの愛人を失わせて心に穴を空けておいた方が、つけ入るのに何かと便利なのよ。それに、一人殺すよりも二人殺した方がお金になるじゃない」


「結局お前のお膳立てに使われたってわけか」


「ふふ、そう気を悪くしないで頂戴。お詫びといってはなんだけど、ワタシでよければ相手になってあげるわよ。貴男が随分執心してたレディの代わりにね」


「ふん。ただお前が欲求不満なだけのくせによく言う」


「あら、つれないのね。せっかくいつものホテルだって手配してあるのに」


「……行かないとは言っていないだろう」


「むっつりなところもキライじゃないわ。494号室よ。ペトリュスでも開けて待っているわ」


 通信が切れ、静寂に包まれる車内。窓の外では、防音壁越しにネオン街の頭が見え隠れし始める。黒い車はインターチェンジを降りると、ネオンの影へとその姿を眩ますのであった。


 ***


 男のコードネームは”SNOTエズノット”。鼻水に致死性の毒を持ち、それを用いた毒殺術を得意とする凄腕のエージェントである。

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