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人類の統率者
人類の統率者
イ尹口欠
現代ファンタジー現代ダンジョン
2025年01月10日
公開日
1万字
完結済
 東京から地元へ戻ってきた高校時代の先輩である優里と一緒にダンジョンへ潜ることになった雷蔵。しかし雷蔵には秘密があって……。

短編「人類の統率者」

 ――地球は今、異世界からの侵略を受けている。




 俺は甘納豆を摘んでいた。

 対面にはビーフジャーキーを咀嚼している先輩がいる。

 周囲は深い森だ。

 倒木を椅子の代わりにして休憩しているところだった。


 口の中に強い甘みが広がる。

 甘納豆は有名な登山家がカロリー摂取のために山に持ち込んでいたとかで、妹に持たされたおやつだ。

 かさばらないし悪くないなこれ、と思いながら対面の先輩を見た。


「地方は厳しいですよね。どうして戻ってきたんです?」


「確かにそうね。でも東京だってそう変わらない。冒険者が多いけどそれだけよ。低レベルのダンジョンは取り合いになるから、……レベルアップの機会を求めるなら地方かなって思ったの」


「なるほど。それで俺とふたりでこのダンジョンに……」


「そうね。雷蔵くんなら背中を任せられると思うし」


「それは光栄ですね。足を引っ張らないように気をつけます」


「足を引っ張るだなんて思ってないわよ」


 寺島優里、俺の高校時代のひとつ上の先輩だった人だ。

 カリスマ性があり、生徒会長を務めた。

 高校卒業後に東京の大学へ進学したが、――折悪しく四月の始めに地球が異世界からの侵略を受け大学は閉鎖されてしまい、そのまま東京で冒険者になったという経歴の持ち主だ。


 授かったクラスは“爆炎の魔術師”という魔法職。

 数多いる炎系の魔法職の中でも、名前が知られている凄い人だ。

 冒険者ランクは堂々のBランク。


 ここはC級の森林系ダンジョンだ。

 普段から俺がソロで潜っている場所だが、だからといって勝手知ったるとはいかないのがダンジョンというものである。

 ここに限らず、ダンジョンは定期的に内部を変化させる。

 ここのダンジョンは毎日変わるので、油断はできない。


 先輩がビーフジャーキーを飲み込み、水筒をあおった。


「さて……行きましょうか」


「はい」


 先頭を歩くのは俺の役目だ。

 先輩は魔法職なので接近戦は得意ではない。

 対して俺は斥候職なので、索敵をこなしつつ前衛を務めるわけだ。

 とはいえ、今日はほとんど戦わせてもらっていないが。


「前方、ワーウルフです。数は六」


「了解。見えたら教えて」


「はい……いえ、来ました」


 向こうからやってくるのは人型の狼だ。

 通称はワーウルフ、人狼と呼ばれることもある。

 俺は腰から短剣を両手で抜き放った。

 先輩は俺の横に並び、短杖を前方に向ける。


「〈グレネードボム〉」


 拳大の火球が短杖の先端から発射される。

 ワーウルフたちがいる地面に着弾すると、轟音と爆発を伴い派手に炎上した。

 思わず眩しさに目を細める。

 炎の中に、もう動くものはなかった。


「ワーウルフ、全滅ですね」


「いい感じに経験値が稼げるじゃない。たったふたりだと効率がいいわね。雷蔵くん普段はソロなんだって? じゃあレベル、結構あるんじゃないの?」


「先輩みたいに会敵から一撃とはいかないのでそこまでは……、こっち短剣二刀流ですよ? 効率なら先輩と一緒に進んでる今日の方がいいんじゃないかな。普段ここまで深くは潜らないですし」


「なら感謝なさい」


「ははは、もちろんですとも。後始末はお任せください」


 チロチロと燃え続ける炎が残る中、黒焦げになったワーウルフの死体に近づいていく。

 そして心臓付近をナイフで抉った。

 ダンジョン内の魔物たちは、体内に魔石を持っている。

 この魔石は消費することで経験値に変わり、レベルアップするために必要になるものだ。


 残る5体のワーウルフからも同様に魔石を採取する。

 入るときに決めた、ここでの戦果は半々にするという約束に従い、半分の3個を先輩に渡した。


 先輩は淡々と魔石を経験値に変換して取り込む。

 俺も同様に魔石を経験値に変えた。


「ふふ。今日一日でレベルアップしたわよ」


「そうなんですね。俺もひとつ上がりました」


「雷蔵くん、今レベルいくつ?」


「……44ですね」


「なんだ、私と3つしか違わないじゃない。そのレベルで本当にCランク?」


「ランクを上げたらB級ダンジョンにも行かないといけないでしょう。俺にはこの狩り場がちょうどいいんですよ」


「……そう」


「それよりそろそろ時間的に戻りませんか。ここ暗くなると危ないんです」


「そうね。夜のダンジョンは御免こうむるわ。戻りましょう」


 俺たちは来た道を戻る。




 日暮れ前にダンジョンの入り口に戻ってきた。

 宙に浮かぶ黒い球体がダンジョンと地球とを隔てる転移装置のようなものだ。

 これに触れると、外に出られる。


「先輩、先にどうぞ」


「じゃあ遠慮なく」


 先輩は躊躇もなく黒い球体に手を突っ込んだ。

 すると先輩の姿がブレて消失した。

 地球の側に戻ったのだろう。

 俺も続いて黒い球体に手を入れた。


 浮遊感とともに景色がガラリと変わる。

 雑居ビルに挟まれた一角。

 ダンジョンがあることを知らせる赤の発光テープが張り巡らされた中に俺と先輩は立っていた。

 人々の雑踏や車の走行音が耳に心地良い。


 ……今日も無事に帰れたな。


「今日はありがとう、雷蔵くん。実りある探索になったわ」


「いえいえ。こちらこそたくさん稼がせてもらいました」


「そう? ならよかったわ」


「あ、そうだ先輩。実は舞花が久々に先輩と会いたいって言っているんです。もし迷惑じゃなければ一件、付き合ってもらえます?」


「舞花ちゃんかあ。懐かしいわね。今どうしているの?」


「小さな商社で事務経理やってますよ。カタギです」


「そうなの。でも私たち、武装しているわよね? 冒険者の店にカタギの子を連れて行くのはどうかと思うけど」


「東京だとどうか知りませんけど、冒険者OKの店でもカタギの客を締め出しているわけじゃないので、大丈夫です。もちろんカタギが入りづらい店もありますけど、今日のはそういう店じゃないので」


「なら大丈夫かな。私も舞花ちゃんに会いたいし。予約は入れてあるの?」


「個室を取ってあります」


「いいわね。じゃあ行きましょう」


 俺たちは赤いテープを越えて、日常に戻った。


 ◆


 商業ビルの中にある中華の店。

 入り口には、冒険者入店可能、とのシールが貼られている。

 俺は先輩を連れて店に入って「予約の石坂です」と告げると、個室に案内された。


 妹の舞花は既に来ていた。

 俺たちが個室に入ると、立ち上がって舞花は飛びつくように先輩に抱きついた。


「優里さん!! お久しぶりです!!」


「舞花ちゃん……前に会ったときは中学生だったっけ。すっかり大人の女性ね」


 舞花と先輩とは三歳差あるので、同じ学校になったことはない。

 しかし俺が先輩と親しくさせてもらっていたため、舞花は先輩と面識があった。

 舞花は先輩によく懐いていたし、先輩も舞花を可愛がってくれていた。


「わあ、抱き心地が硬い。優里さん、ほんとに冒険者なんだ」


「ちょっと。舞花ねえ……」


「あ、分かってますよ。筋肉質って意味じゃなくて防具とか付けているんですよね?」


 俺は思わず吹き出してしまった。

 先輩は即座に睨みつけてくる。


「舞花、先輩は魔法職だから装備じゃないぞ。多分、それ筋肉だ」


「ちょっと。バラさないでよ雷蔵くん」


「えー!? 優里さん凄い!! ……そっか、お兄ちゃんより強いんですものね」


「舞花ちゃんは納得しないでよ。もう……」


 ともあれ俺たちは席について、とりあえずビールを頼む。

 先輩は舞花のスーツ姿に笑みを浮かべた。


「舞花ちゃんは今日、仕事が終わってから来た感じ?」


「はい。今日は優里さんと飲めるから残業しないようにバリバリ働きましたよ」


「偉いわあ」


 安易に冒険者にならずにカタギでいることは偉い。

 そういう風潮が冒険者の中にはあった。

 もちろんまったく逆に、カタギを戦いから逃げた弱者だとそしる輩もいるのだが、そういう連中は大抵は素行や性格が悪かったりして嫌われている。


 ……まあ先輩は当然、良識派だよなあ。


 うんうんと納得していると、ビールが到着した。

 店員の女性が「本日は予約のコースとなっております。料理の方、お出ししてもよろしいでしょうか」と問うてきたので、俺は「はじめてください」と告げた。


「じゃあ先輩との再開を祝って。乾杯!!」


「「乾杯!!」」


 俺たちは中ジョッキを軽く掲げて各々、ゴクゴクと飲む。

 冒険者はレベルの恩恵で内臓の代謝機能も上がっているため、酒に強い。

 舞花は単純に酒が好きなので、あっという間にビールは空になる。


「もうピッチャーで頼んでいいんじゃないですか? お兄ちゃんも優里さんも飲みますよね?」


「そうだなあ。舞花もビールでいいならそうするか」


 料理を持って現れた店員さんにビールをピッチャーで頼み、食事を始める。

 前菜の棒々鶏バンバンジーを皿に取り、箸で摘みながらビールを待つ。

 すぐにピッチャーに入ったビールとグラスが来た。


 先輩が舞花に「どんな仕事をしているの?」と聞く。


「事務と経理ですよ。注文情報をPCで入力したり、経費の精算したり……まあ雑用みたいなもんです」


「へえー。パソコンが使えるの。凄いわねえ」


「会社に入ったら誰でも使えますって。それより優里さん、今日はお兄ちゃんとダンジョンに入ったんですよね。どうでした、役に立ちましたか?」


「ええもちろん。Cランク冒険者と聞いていたけど、実力自体はもうBランクくらいはあるんじゃないの? 本人が昇格を嫌がっているだけで」


 俺は「そのランク分け、カタギには伝わらないんですよ」と先輩に告げた。


「ああ、そうよね。説明が難しいのよねえ。……雷蔵くん今日は戦ってないけどレベルは私と大差ないし、毎日あのダンジョンにソロで潜っているなら弱いってことはないんだけど。どのくらい強いかっていうと説明がし辛いの」


「お兄ちゃんって強いのかあ。想像もつかないですねえ」


「外で冒険者が喧嘩でもしようものならあっさり免許剥奪されちゃうからね。冒険者が強いところなんて想像つかない方がいいのよ」


「そんなもんですかねえ」


「そんなもんよ」


「それはそれとして。優里さん、なんで東京から戻ってきたんです? あっちの方が仕事とか多いんじゃないですか?」


「まあ仕事には事欠かないけどね。それは多分、こっちでも同じだし」


「ふ~ん。……あ、優里さん。今日よかったらウチに泊まっていきませんか?」


「え? 急にお邪魔したら迷惑じゃない?」


「いえいえ。迷惑だなんてことはないですって。ねえ、お兄ちゃん?」


「ウチは俺と舞花だけなんで。先輩がよければどうぞ」


「あら実家よね。ご両親は……」


「出かけた先でスタンピードに巻き込まれて亡くなったんです」


「そう……」


「もう何年か経ってますから。気にしないでくださいよ先輩」


「そうですよ優里さん。私の部屋で二次会しましょう!! 明日は念の為に午前急とってあるんで。遅くまで飲みましょう!!」


「ならお邪魔しちゃおうかしら」


 料理を平らげて、ビールを片付けて、俺たちは店を出た。

 ちなみに先輩の帰還祝いということで、会計は俺と舞花で出した。

 先輩は恐縮していたが、舞花との二次会での酒代を持つということで手を打ってもらえた。


 ◆


 幕間:舞花


 私の部屋に久々に優里さんがやって来た。

 冒険者をやっていると聞いたときは心配したけど、大きな怪我とかもしてなさそうだし会って安心した。


「……で。優里さん、東京で彼氏にでもフラれました?」


「どうしてそうなるの」


「いや仕事じゃないなら地元に戻るってやっぱ恋愛がらみかなあって。どうです? 女同士ですから遠慮なくどうぞ」


「……男関係じゃないわ。未だに彼氏いない歴イコール年齢だもの」


「あっれー? ハズレかあ。まあ優里さんを振るような男はいないか」


「あら私ってそんなに魅力あるかしら?」


「ありまくりですよ、優里さん」


「でも男の人って舞花ちゃんみたいな子の方がいいっていうと思うんだけどなあ」


「そうですか? でもまあ私もなかなかモテますからねえ」


「いま彼氏とかいるの?」


「いますいます。会社のみっつ上の先輩なんですけど」


「へえ~。写真とかある?」


 私はスマホを取り出して、ロック画面の待ち受けを見せた。


「あらこういう人が好みだったのねえ」


「えへへ。あ、そうだ。優里さんの連絡先、消えちゃったので教えて下さいよ」


「そうね、交換しましょ」


 異世界からの侵攻があったときに通信網が遮断されたお陰で、スマホを乗り換えざるを得なくなったため以前の連絡先では繋がらなくなってしまっていたのです。

 だから優里さんのことはお兄ちゃん経由で冒険者として東京でやっていると聞かされたっきり。

 地元まで噂が聞こえる冒険者って凄くない? と思ったと同時に優里さんは戦うことを選択したんだなあって、半分は納得もしたけどイメージができなかったんですが。


「実物の優里さんは変わりませんね。あ、でも腹筋とか割れてるのか」


「何を言い出すの急に」


「いやあ、私は戦わないことを選択しちゃったので。優里さんはなんで戦うことを選択したんです?」


「どうってことないわ。大学が無くなったから稼ぐのに手っ取り早そうだと思っただけよ」


「そうですか? 優里さんならいくらでも働き口が見つけられそうなのに」


 異世界からの侵攻があってから、人類はそれに対抗するかのようにひとつの変化がありました。

 それが戦うか否かの選択肢です。

 二十歳になると一度だけ選択肢が現れるそれで、戦う者と戦わない者は二分されました。

 侵攻があった当時に二十歳を過ぎていた人たちは全員が同時にこの選択を迫られ、地球上に冒険者が現れたのです。

 まあ実際に冒険者という身分制度ができるまで選択肢が登場してから、丸一年ほどかかりましたが。


 優里さんは「私なんて大したことはないわ」と呟き、缶ビールを開けました。

 このアンニュイな感じ、何か悩み事がある様子。

 ただ恋愛絡みじゃないなら、私の出る幕はなさそうだけど。


 ……冒険者の仕事に関することは門外漢だしなあ。


 優里さんに何かあったのは確かだけど、とりあえず忘れて飲むことにした。

 楽しいお酒で少しでも気持ちが楽になってくれるといいな。


 ◆


 翌朝、妹の舞花がのんびりした時間にひとりで起きてきた。


「おはよう、お兄ちゃん。朝ご飯、なにかある?」


「自分でトーストでも焼いたらどうだ。それより先輩は?」


「優里さんならまだ寝てる。私はぼちぼち会社に行く準備しないと」


「そうか」


 午後から出社するという舞花は、トーストをオーブンに入れてからシャワーを浴びに行った。

 昨晩は久々にふたりきりで過ごした舞花と先輩だが……。


「かなり酒くさかったな」


 この分だといくら肝機能が強化されている冒険者でも二日酔いになるかもしれない。

 俺はスマホを弄りながらリビングでのんびり過ごしていた。

 舞花が行ったり来たりをしながら出社の準備を終えた頃、ようやく先輩が舞花の部屋から出てきた。


「おはよう、雷蔵くん」


「おはようございます、先輩。シャワー使うならどうぞ」


「ありがとう、借りるわ。その前に水を一杯もらえるかしら」


「分かりました。昨日は舞花にだいぶ飲まされたみたいですけど、大丈夫ですか?」


「舞花ちゃん、お酒が強いねえ。冒険者並みには飲めるんじゃないの?」


「ウチのエンゲル係数の内、かなりの割合を酒が占めています」


 俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取ってコップに注いで先輩に渡す。

 先輩は冷たいそれをゆっくりと飲み干した。


「ありがとう。シャワーを借りるわね」


「どうぞごゆっくり」


 俺がソファに戻ると、舞花が「あ、優里さん。私はもう会社に行きますんで。また飲みましょうね!」と声をかけて、出かけていった。




 シャワーから出てきた先輩は「雷蔵くん、ちょっと話があるんだけど」と言ってきた。


「はい、聞きますよ。でもその前に朝食でもいかがです?」


「ええ、いただくわ。……フレンチトースト?」


「はい。卵とかあったんで」


「いいわね。朝から豪勢だわ」


「んな大げさな」


 フレンチトーストを二枚焼いて、一枚を先輩に出した。

 ひとりで食べるのも味気なかろう、俺の分も一緒に準備したのだ。

 ナイフとフォークでフレンチトーストを口に運ぶ先輩はいつもの先輩に戻っている。

 二日酔いもシャワーを浴びてさっぱりしたら抜けたのだろう、その辺は冒険者だからよく分かる。


 ふたりでフレンチトーストを食べきったところ、おもむろに先輩が話を切り出した。


「ねえ雷蔵くん。私とパーティを組まない?」


「……やっぱりそういう話でしたか」


「ソロなのはどういう拘りなの? 人と組むのは嫌?」


「いえ……まあ……いろいろとありまして。先輩の方こそ、どうして地元に戻ってきたんです?」


「……そうね。それを話すべきかしら」


 先輩はインスタントコーヒーを口に運んでから舐めるように一口すすって、話を始めた。


「私、東京でクランリーダーをやっていたの。『ブレイズレディ』っていう女性だけのクランなんだけど」


「へえ。先輩らしいっちゃらしいですね。どこへ行っても人の上に立つことになるカリスマ性は健在ですか」


「よしてよ。そんなに私は立派じゃないわ」


「生徒会長まで務めた人の言葉じゃないですよ」


「高校生の頃の話じゃない。いえ、まあともかくクランリーダーだったのよ、私は」


「はい」


「……少し前になるんだけど。クランでC級ダンジョンに入ったのよ。クランメンバーは私を除けばCランクとDランクくらいだったから、なんとかなると思ったのよね。人数は十二人もいれば十分だと思っていた」


 オチはなんとなく読めるが、傾聴に務める。


「三人、死なせたわ。CランクふたりとDランクひとり。決して無茶をしたわけじゃなかった。ただ……彼女たちの実力を見誤ったのでしょうね。私は東京に居づらくなって地元に逃げてきたの」


「先輩のせいじゃないでしょう。弱い奴が悪い。戦場では自己責任だ」


「私はクランリーダーなの。リーダーがそれを言ったらお終いよ」


「そういうもんですか」


「ええ。そういうもんなの」


 俺もインスタントコーヒーに口をつけた。

 そんなところだろうと思っていたのだ。

 先輩が東京から地元に戻った理由として考えられるのは、身近な人物の死くらいだろう。

 死は冒険者にとって避けられない日常だ。

 冒険者なら冒険者の死には慣れている。

 しかしそれが身近な人物ともなると、やはり多少なりとも堪えるのだ。


「それで……そのクランはどうなったんです?」


「分からない。私がいなくなって自然消滅したか、それとも残ったメンバーで続けているかも知れないわね」


「連絡、取ってないんですか」


「……ええ。逃げたのよ」


「人間だから、辛ければ逃げてもいいんじゃないですかね」


「……そうね。だから逃げたの。でも私は戦うことを選択した冒険者だから。戦い続けなければならない」


 冒険者、つまり戦うことを選択した者には、同じく戦うことを選択した者が分かる。

 対面すれば「あ、こいつは同業者か」と感じ取れるのだ。

 そして戦うことを選んだ者は冒険者登録しなければならないと法律で決まっている。

 登録は絶対だが、しかし冒険者としての活動までは強要されていない。


「戦うことを辞める選択肢もあるのに?」


「ええ。私は戦うわ。そうでなければ……死んでいった三人に申し訳が立たない」


 多分、先輩は贖罪として戦い続けなければいけないと思い込んでいる。

 思い込んで、それでようやく立っていられるのだ。


 ……ああ、昔から真面目なんだよなあこの人は。


 ともあれそういうところが先輩が多くの人を惹きつけている部分でもあることは否定できない。

 俺は居住まいを正して、告げる。


「分かりました。パーティを組む前に、俺の事情についても話を聞いてもらいたいんですが」


「ええ。雷蔵くんの方は……」


「すみません、昨日は嘘をつきました」


「嘘? なんのことかしら」


「俺のレベルです。昨日は44になったと答えましたが、本当は144なんです」


 先輩は俺の言葉を吟味し、「…………は?」と首を傾げた。


 ◆


 先輩はやや焦った様子で言った。


「ちょっと待って雷蔵くん。公式では世界最強の“ヴァルキリー”が70レベルなんだけど。144レベル? 一体、何をしでかしたの」


 アメリカ合衆国の誇る通称“ヴァルキリー”と呼ばれる女性兵士が世界最高レベル保持者ということになっている。


 考えてみて欲しい。

 魔石が経験値となるなら、得られた魔石を才能ある人に集中して投入したらどうなるだろうか、と。

 レベルが凄く上昇するか、と言われたらそれはノーだ。

 何故なら人には才能限界というものが設定されており、各々で最大レベルが異なる。

 限界に達すると、どれだけ魔石を吸収してもレベルは上がらなくなるのだ。

 その才能限界の最も高い人物とされているのが件の“ヴァルキリー”であり、その限界が70なのだ。

 既に彼女は才能限界に達しており、これ以上レベルが上がることはない。


 だから彼女はダンジョンに入って魔物を狩っても、得た魔石を他者に分配していると言われている。

 そして今のところ、才能限界が70以上の者は現れていない。

 そう公式的には。


「俺の才能限界が何レベルかはまだ分かっていません。まだ上がり続けているんですよ、レベル」


「呆れた。雷蔵くんあなた……昨日は手を抜いていたの?」


「いいえ。そもそも先輩が戦わせてくれなかったじゃないですか。もっとも普段からあのダンジョンに潜っているという話自体が嘘なんですけどね。普段はこっそりS級ダンジョンにソロで潜っているので。たまにスタンピードが起こらないように、あのダンジョンにも潜って魔物を狩ってはいますけど」


「ソロでS級ダンジョンに……」


 S級ダンジョンとは国家が認定した災厄級のダンジョンであり、その内部には人類ではまだ勝てない魔物が跋扈しているとされている。

 実際、レベル70程度の人間がパーティを組んでも狩ることができないほど、そこの魔物たちは強い。

 人類が未だ手をこまねいているそのS級ダンジョンをソロで潜り続けている。

 その意味は冒険者なら嫌というほど理解できるだろう。


「雷蔵くん、あなた馬鹿なの? 今すぐ冒険者ギルドでレベルを測定してもらいなさい」


「嫌ですよ。そんなことして何になるというんです? 国際的に注目されてアメリカに移住を強要されたりしそうじゃないですか。俺は英語は喋れないんです」


「アメリカに移住をわれれば、通訳を雇うくらい簡単でしょうに」


「そんな暮らしはまっぴら御免ですよ。それで話を戻しますけど、俺に何があったか、ですね」


「そうよ。レベルをどうやってそこまで上げたの? S級ダンジョンに潜る前に何があったの?」


「異世界人に会ったんです」


「異世界人? 魔物とは違うの?」


「違いますね。ダンジョンに現れる人型の魔物の中にも高い知性を誇る者はいますが、実はダンジョンに現れる魔物はダンジョンが生成しているいわば倒されるべき障害に過ぎません。本当の意味でこの世界にダンジョンをばら撒き、人類に戦う選択肢を与え、クラスとレベル、そしてスキルを与えた存在が異世界の住人なんです」


「待って。人類に戦う力を与えたのが異世界人なの?」


「そうです」


「なぜそんなことを? ダンジョンを持って侵略を仕掛けてきたのに、人類に対抗手段を与えるだなんて矛盾しているわ」


「いいえ。侵略は確かにしていますが、彼らの目的は地球を支配下に置くことではないんです。ある意味でもう地球は彼らの支配下にあると言えなくもないですが、俺たちの社会を牛耳るつもりは向こうにはさらさらないんですよ」


 怪訝そうに続きを促す先輩に、告げる。


「異世界人の目的は、レベルの高い人類の養殖なんです。彼らはレベルの高い人間の魂を欲しているんですよ」


「養殖? ふ……魚じゃあるまいに、養殖とはね。なるほど、そんな話を異世界人から聞いたの?」


「はい。俺の前に現れた異世界人は言いました。『養殖の効率が悪いのでテコ入れをしたい』と。どうやら俺は人類でも稀に見る高い才能限界を持っているらしく、あちらは俺を通じて人類のレベルアップの促進をしたいようでした。具体的には……俺に他者を育成するふたつ目のクラスを与えたんです」


「ふたつ目のクラス……」


「統率系と俺は名付けました。俺はもともとのクラス“二刀の暗殺者”に加えて“人類の統率者”というクラスを得たんです」


「なるほど。だから統率系ね。具体的には何ができるの?」


「他者の潜在能力を覚醒させる、と言えばいいのかな。使ったことはまだないんですけど、俺は他人にふたつ目のクラスを与えることができます。あとは単純に自身の成長も上方修正されたようで、魔石ひとつから得られる経験値が増えたりしましたね」


「……まるで神様にでもなったみたいね」


「よしてくださいよ。とはいえ、そういう扱いを受けることは想像できたので、このことは誰にも言わずにソロでダンジョンに潜り続けているというわけです」


「なるほど。そういうことだったのね。……じゃあどうしましょうか、私とパーティを組む話はなかったことに――」


「あ、いえ。そういうつもりじゃないんです。先輩なら秘密を守ってくれると思って話したんですよ。パーティ組むのはオーケーです」


「いいの? レベルに100も開きがあるけれど。どう考えてもついていける気がしないわ」


「別にS級ダンジョンに一緒に来いなんて言いませんよ。ただ俺が異世界人から授かった能力を先輩に使う許可を頂きたいです」


「強くなれるのよね? むしろ使ってもらっていいのかしら?」


「もちろん」


 俺は若干の引け目を感じながら言った。


「ただ初めてなんです。他人に統率系のスキルを使うのは。実験のような形になってしまうのが……」


「いいわよ、試してみなさい。雷蔵くんのことは信用しているから」


 笑顔で言われたので少し照れる。

 だが腹は決まった。

 先輩と一緒にパーティを組もう。


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