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エピローグ

「おまたせ! ご飯できましたよ」

 一枚板でできたテーブルに、おにぎり、コロッケ、サラダそして味噌汁を並べ、声をかけた。

「は~い!」

「は~い!」

 元気な声が揃ってリビングから返ってくる。見れば、揃いのワンピースを来た双子が大きな画用紙を持って駆けて来ていた。

「ママ、あげる!」

「ママ、あげる!」

「くれるの? ありがとう!」

 笑顔で受け取った画用紙には大小様々な丸や自由なラインが描かれていた。

「これ、ママ!」

 早紀が緑の丸を指差す。

「これ、さほ!」

「これ、さき!」

 桜色の丸を指差しながら二人が声を揃えた。

「これ、パパ!」

 大きく幾重にも描かれた鮮やかな青の丸があった。そして――。

「これ、パパ!」

「ニコニコ、パパ!」

 無数と言ってもいいかもしれない。

 画用紙の上半分を埋め尽くすように黄の丸が描かれていた。

「パパ、ニコニコ!」

「黄色いパパ! ニコニコなの!」

 満面の笑みで言う二人の後ろで、天黒が腕を組んでいた。

「どうかしましたか?」

 天黒の表情が真剣過ぎて不安になった。そっと近付き、下から窺うように見上げると、天黒はうん、と頷いた。

「教室を作ろう」

「え?」

「幼児も通える絵画教室を作る」

「絵画教室、ですか?」

「子どもが好きなことを通して自分を表現するのは大切なことだ。自由度の高い絵画教室は、子どもの可能性を引き出すのに一役買ってくれるはず。幼児向けの絵画教室を作ろう」

 二人の絵を見て考えたのだろう。

 本当に次々とアイデアが浮かぶものだ、と南月は感心しながら尋ねた。

「どこに作るか目星は付いているんですか?」

「あぁ。ちょうどいい場所が……」

 頭の中の構想を話し始めた天黒を、南月はそっと制した。

「子どもを保育園に預けて働く者からすると、園に預けている間に習わせられると助かります」

「ん?」

「フルタイムの仕事をしていると、平日の習い事には手が届きません。あれもこれも習わせようと思うと、土日が潰れてしまいます」

「……」

「みんながみんな、サポートの手を持っている訳ではないので、教室の場所や時間、曜日によっては諦めてしまう人が多くなると思います」

「そうか。それは確かに……。誰をターゲットにするか、よく考えないといけないな」

 頭にあった構想を白紙に戻したのか。天黒が再び考える素振りを見せた。そしてすぐに「よし」と頷いた。

「新しい案ですか?」

「まぁ、な。だが、仕事の話はオフィスでしよう。今は大事な家族の時間だ」

「はい」

 会話が終わるのを待っていた双子は南月にギュッと抱きついてからテーブルに向かった。食卓に並ぶコロッケを見て大喜びしている。

「食べる前、手はどうしたらいい?」

 天黒の言葉に双子が揃って動きを止めた。

「てをあらう~!」

「おててきれいにする~!」

 椅子によじ登るのを止め、双子は共に洗面所へ向かって駆けだした。背中を見送る天黒がフッと笑った。

「素直だな」

「まだ素直ですね。でも、そろそろ魔の二歳児が本格化しそうでヒヤヒヤします」

「そうか? 怒ったり、駄々をこねたりする姿も愛らしいと思うぞ」

「かわいいで済めばいいですね」

「……こうと決めたらそれを貫く。そんなところが強く出ると手を焼くかもしれんな」

「ですね」

 二人で顔を見合わせて笑い合うと、どちらからともなく洗面所に向かって歩き出した。二人の好きにさせると、洗面台や床がびしょびしょになってしまうのだ。

 不意に、天黒が胴をギュッと抱いてきた。髪に口付けし、耳元に言葉を落として行く。

「!」

 悠然と歩いて洗面所へ向かう天黒の背中を見詰めながら、南月は頬が上気するのを感じた。自然と手がうなじに伸びる。そこに熱が走るのを感じながら、立ち尽くした。

「も、もう! よ、夜は、まだです!」

 子ども達が寝た後です、などと呟きながら、南月は咳払いをし、頬をパンパンと叩いた。

「お、大人だけの時間……なんて……」

 天黒とのことを考えると恥ずかしさで顔をあげられなくなってしまう。

 だが……。

 それは悪ではない。母であっても、それを求めていいのだ。南月は小さく頷いた。

 洗面所の方から楽しそうな声が聞こえてくる。

「好き、です……」

 うなじに刻まれた愛の噛み痕を撫でた。

 バラバラになりがちなものを、どうやってひとつにまとめるか――。

 答えはすぐそこにあった。

 柔らかな笑顔を浮かべた南月は両手を大きく広げた。愛の結晶が飛び込んで来る。

「ママ、だいすき~!」

「わたしも、だいすき~!」

「ママも大好きだよ!」

「パパもだいすきなの!」

「パパパパもだいすき~!」

「みんな、み~んな、大好きだよ」

 抱き留めた二人と、それを追ってくるアルファに弾ける笑顔を向けた南月は、食卓に向かって歩き出した。

「いただきま~す!」

「おいしいの、いっぱいたべる~!」

 線香が優しく香る部屋には、特別明るい光が満ちていた。



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