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第3話 私たちは友達ではないけれど同士よ。

 2日後、私は寮に入った。


 寮はイギリスで私が暮らしていたものと似たような造りになっている。

 個室は2人部屋で、食事の時は皆食堂で食べるようだ。


 内装は豪華絢爛なミエーダ侯爵邸と比べると質素だ。

 でも、私にはこれくらいの方が落ち着く。

(高そうな壺とかあったら、割りそうで怖いしね⋯⋯)


 寮に入ると、どこまでも細長い廊下が続いていた。


 すれ違う寮生が私の姿に驚愕しているのが分かる。

 高位貴族で、王太子の婚約者であるルシアがいるはずのない場所だ。


 私は案内された部屋の扉をノックして扉を開けた。


「こんにちは。アリスさん」

 私の姿を見て、アリスが一瞬たじろいだ。


 水色の髪に、水色の瞳をした彼女は綿菓子のように可愛い。

 このアカデミーには裕福な平民も通っているが、彼女の家は貧しい。

 それでも、彼女がここに通えているのは彼女が奨学生だからだ。


「今日から、宜しくお願いします⋯⋯ミエーダ侯爵令嬢」

 彼女のたどたどしい姿から、既にルシアが彼女に嫌がらせをしていると察した。


 つまり、彼女は淡々と学生生活を過ごしてお友達エンドを迎えるのではなく誰かのルートに入っている。


 全てのルートで発生するルシア最大の嫌がらせは卒業間近に起こる。

 現時点で、アリスがどのような虐めをルシアや彼女の取り巻きから受けているかは不明だ。


「アリスさん、ルームメイトは必ずしも仲良くなる必要はないわ。お互い干渉せず、高めあえる関係であれば十分よ」


 私の言葉に彼女がハッとしたような顔をした。


 ルームメイトというのは、1番近い存在で1番の仲良しになれても近いが故に一瞬にして険悪にもなりやすい。


 そうなると、生活の澱みが勉学にも影響してくる。


「ミエーダ侯爵令嬢⋯⋯なぜ、寮に⋯⋯私のことがお嫌いではないのですか?」

「嫌いではないわ。私があなたを嫌いなように見えたのであれば、全ては私の問題よ」


 ルシアが彼女を虐めたのは目障りだったからだ。

 アリスには何の落ち度もない。


 その時、扉をノックする音がした。

 こちらが返事をする前に強引に扉が開かれる。


「アリス、勉強教えて。分からないところがあるんだけど」

 扉を開けるなり入ってきたのは緑色の短い髪をしたマリア・オルタン子爵令嬢だ。


 彼女はルシアの取り巻きで、全ルートでアリスを虐めている。

 表ではアリスを虐めている癖に、裏では彼女を良いように利用しているということだ。


 マリアは私の存在を確認するなり、真っ青になった。


「ルシア様⋯⋯なぜ、ここに⋯⋯」

「マリア⋯⋯あなたの為に言わせてもらうわ。分からない問題は1週間調べて考え抜いて、それでも分からなかったら人に聞きなさい。自分で答えに辿りつかないと身に付く力も身につかないわよ」

「は、はい失礼しました」

 逃げるように去っていく、マリアを見てため息をついた。


 それ以上に、私はアリスのお人好しさに苛立った。

(本当に中学時代の橘茉莉花を見てるみたいだわ⋯⋯)


「アリスさん、あなたマリアに嫌がらせされているわよね。それなのに、どうして都合よく使われることを許しているの?」


「頼ってくれるのは、嬉しいので⋯⋯」


 嫌がらせをしていた親玉のルシアが説教することではないかもしれない。


 しかし、彼女を見ていると先生や同級生から都合よく使われていた時の橘茉莉花を思い出す。


「その頼ってくれて嬉しいと言う気持ちが利用されているの。彼女はあなたの友達にはならないわよ。友達というのは気を遣いあってこそ成立するの。一方が利用している関係は友達ではないわ」


 アリスは成績がずば抜けて良い上に、治癒能力という稀有な力を持つことで一目置かれている。

 しかし、一目置かれているというのは一線引かれていると同じことだ。

 どこか孤独感があり、寄ってくる人がいれば仲良くなれるのではと期待する。


「私が役に立てるなら、嬉しいですし⋯⋯」

 歯切れ悪く戸惑っているアリスに昔の橘茉莉花が重なる。

(嫌なことを嫌と言わないと絶対に損をするのに⋯⋯)


 そして、私を利用し弄び裏で笑っていた柊隼人の顔が脳裏に浮かんだ。


「じゃあ聞くけど、マリアはアリスさんの何か役に立った?」


 私は自分の声が震えているのに気がついた。

 本当に私の中で柊隼人の存在が地雷になっている。


「あの⋯⋯ミエーダ侯爵令嬢、これを⋯⋯」

 アリスが私にハンカチを差し出してくる。

(まさか、私が泣いてる? 人前で泣くなんて一生の不覚だわ)


「ありがとう⋯私、実は花粉症なのよ」

「花粉症とは?」

「今はスギ花粉が飛散する季節でしょ。私はスギ花粉アレルギーなの。目の粘膜が反応したようね」

「そういうものが⋯⋯あるのですか?」


 アリスが私の泣き顔を心配そうに覗き込んでくる。

 私の方が寂しさに漬け込まれている彼女を心配しているのに分かっていない。


「アリスさん、学生時代なんてあと1年。一生続く友人関係を築ける人は滅多にいないの。この1年は自分の将来の為に勉強に打ち込んだ方が良くってよ」

「は、はあ⋯⋯」


 私の言葉にアリスが明らかに戸惑っている。

 学年で成績下位を彷徨うルシアが、学年首席の彼女にアドバイスしているのだから当然だろう。


「予告しておきますけど、次のテストで私はあなたの上をいくわ。奨学生として、もっと必死になって!」

「は、はい、ふっ」

 アリスは私の言葉に吹き出しそうになっていた。


 確かに今の立ち位置的に、ルシアが彼女を追い越すとは考え難いのだろう。

(心の中で小馬鹿にしているなんて、ヒロインなのにちゃんと人間してるじゃない)


「アリスさん、勉強も大切だけど、私が短い人生で学んだ大切なことをシェアさせてくれる?」


 私の言葉にアリスはなぜか微笑みながら頷いた。


「例えば、皆でお金を小額ずつ集めて宝くじを買おうと提案してきた人がいたとするわ。当選したら当選金を山分けするということで皆盛り上がってるの。アリスさんはこの提案に参加する?」


「楽しそうですね。仲間に入れて欲しいです」

 やはり、彼女はこのままでは橘茉莉花と同じ失敗をすると確信した。


「当選したら、お金を集めた人間はトンズラするの。仲良くなりたい、空気を壊してはいけないという気持ちは利用されるわ。孤独を怖がらないで。友達は作るのではなく、自然にできるものよ」

 アリスは私の言葉にハッとしたような顔になった。


「確かに、そうですよね⋯⋯ミエーダ侯爵令嬢はいつも人に囲まれてますね」

「あの中に私の友達はいないわ。みんな私から何か得ようとして下心を持って近づいてきている取り巻きよ」


 残念ながら、ルシアも孤独な人だ。


 実際、終盤彼女が断罪された時、彼女を庇うものはいなかった。

 国外追放される時乗せられた船を見送りにくる者さえ存在しない。


「実は寂しい者同士ですね⋯⋯私たち。すみません! 私なんかと一緒にして!」

「私なんかという言葉は使わないことよ!あなたは今でも十分優秀で魅力的なのだから自信を持って。このまま努力を続けて幸せになるの。私のことはルシアとお呼びなさいアリス! 私たちは友達ではないけれど同士よ」


 私は彼女に手を差し出した。

 私たちはルームメイトでこれから切磋琢磨する同士だ。


「はい、よろしくお願いします。ルシア様」

 アリスがヒロインオーラ全開の花咲くような笑顔で微笑んだ。

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