「えっ? 高校生じゃないって、それじゃ計算が」
酒井正尚が驚いたような顔をして星野若菜を見つめる。
「はぁ、なんかもういいや。私、奥さんに不倫疑われてますよね。違いますから。探偵使って調べたの? そうですよ。私は高校生ではありません」
「不倫というか、パパ活でしょ。女子高生なら、市場価値が高いとでも思ったの? 正尚さんが、貴方に現金を渡しているのを見たんだから」
星野若菜は本当に高校生ではなかったらしい。そして、最初のメンヘラな様子は何処に行ったのかというくらい、滑舌良く相手を責める酒井千鶴が謎。
「あー、本当に女って怖いな。若菜、お前本当に俺の子? それにしても、千鶴、私もう死ぬとか言って俺の気を引こうとしていたけど元気じゃん」
頭を掻きながら呆れたように呟く酒井正尚が恐らくキングオブクズ。そして、一見パパ活に見えた関係は、隠し子詐欺だったようだ。
彼の言葉に星野若菜は舌打ちをしている。
千鶴さんも、やっていることがめちゃくちゃ。よくドラマや漫画で思い詰めて自殺未遂をした女の元に男が戻ってくるような展開があるが、現実離れした話だ。
現実はメンヘラ女から男はどんどん離れる。男だって女と同じように安心安全のパートナーが良いに決まっている。男性経験が少ないにしても、もう少し冷静に物事を判断できないものだろうか。
(安心、安全か⋯⋯聡さんって本当に変わり者だよな)
私は思わずガラスに映った自分を見る。美人な訳でもなければ、性格も悪い私。触れられたら可愛く触り返すのが可愛い女。私は「気持ち悪い!」と言い返す普通じゃない女。
「若菜さん。本当はお幾つなんですか? 貴方は酒井正尚さんの子供ではありませんね?」
確信めいたものを感じ私が尋ねると、星野若菜が睨み隠してきた。年齢詐称していると思って彼女を見ると、首の皺などから察するにアラサーだ。化粧をして若造りしても、首に歳が出ている。
「はぁ? 俺の子じゃない? 詐欺じゃねえか!」
酒井正尚が突然顔を真っ赤にして、星野若菜の胸ぐらに掴みかかる。
「うるせえな。そもそも、後ろめたい事があるから、引っ掛かったんだろうが」
星野若菜がドスの効いた声で凄むと、酒井正尚が一瞬怯む。そもそも、彼女の名前さえ本名か怪しい。
「じゃあ、私はここで失礼します! 変に私のこと追わない方が良いよ。夜道を安全に歩きたかったらね」
星野若菜は軽口とは対照的に逃げるように外に出て行った。
「不倫じゃなくて、詐欺だったみたいですね」
私が千鶴さんに話しかけると、彼女は苦虫を潰したような顔をした。
「なんだよ。クソが⋯⋯」
酒井正尚がドンっと壁を叩く。その音に反応して赤ちゃんはますます泣いて、酒井千鶴も頭を抱えだす。
酒井正尚は避妊もせず性行為をする習慣があったようだから、身に覚えがあったのだろう。
「千鶴さん。店の防犯カメラの映像もあるし、被害届を出しましょう」
「絶対ダメ。うちの祖父、警察の結構偉い人で⋯⋯親戚中の笑い者になる」
千鶴さんはどうやらかなりのエリート一家の出身のようだ。恐らく大学在学中の妊娠により、家庭の居心地が悪くなり駆け落ちのように逃亡。
「子供の為に自分が笑い者になっても良いとは思えないですか? 先程から赤ちゃん泣いてるのに、パパもママも抱き上げてもくれない⋯⋯」
私は赤ちゃんをそっと抱き上げた。ふと、脳裏に保育園時代泣き止まない雨くんを0歳児の部屋に出張して抱っこしたことを思い出す。
あの時と同じように、心臓の音と同じくらいゆっくり軽くお尻の辺りを叩く。
すると、赤ちゃんがそっと泣き止み出した。
「⋯⋯被害届出そうぜ。俺、あの女に300万円は取られたわ」
「なんで、お金ないのに、他の女にそんなにお金をやってるのよ。夜道歩けないって何? 半グレみたいな詐欺グループに引っ掛かっているじゃないわよ」
酒井正尚も千鶴さんも驚く程に子供に無関心だ。被害届を出して、この現状が千鶴さんの家族に伝わった方が良いかもしれない。
深呼吸して怒りをおさめる。
「千鶴さん、被害届を出しましょう。放置しておく方が危ないですし、もしかしたらお金も戻ってくるかもしれないですよ」
「はぁ、そうね⋯⋯」
「ってか、この人誰?」
私は酒井正尚の「この人誰?」に思わず肩を落とした。初対面の人間に対して失礼過ぎる。こんな幼いアラフォー男は見たことがない。
「⋯⋯この人は⋯⋯えっと」
「通りすがり者です。少し話を聞いていただけなので、私はここで失礼します。お子様、直ぐに泣き止んで本当に良い子ですね」
抱っこしていた女の子の赤ちゃんは泣き止んで、またスヤスヤ眠っていた。千鶴さんは依頼料をバックれられそうだと、ホットしたような顔をしている。
確かにこれ以上は深入りしない方が良さそうだ。リスクに対してのリターンが見合わない。
川上陽菜とは別の意味で、酒井夫妻も関わってはいけない人間。恐らく彼らから回収できるお金はない。私は2人の子供たちの幸せを祈りながら店を出た。