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第40話 本当は女子高生じゃないし⋯⋯。

「まず、親御さんに連絡を取ってください」

「さっき、私、勘当されてるって言いましたよね」


 千鶴さんの親には会ったことはない。

 大学中に妊娠をした娘を非常識と感じ突き放す親。その手は本当に離されているのだろうか。

 自分の娘が夜職をして女を売ろうが、金を稼いでくるなら良いと言う感覚の人間がいる。

 おそらく、彼女の親はそういった類の人間とは真逆。


「ちなみに親御さんは、何をされてる方ですか?」

「⋯⋯父も母も検事です。幼少期は転勤続きでした」


 私は想像以上に千鶴さんがお堅い家庭の生まれでため息をついた。世帯年収3千万円といったところだろうか、おそらく一人娘である千鶴さんには相応の教育費を掛けている。

自分の娘が妊娠して大学中退するなど夢にも思わなかっただろう。


 検事は2、3年おきに転勤がある。子供ができると一方が辞めて弁護士になったりして、定住するケースが多い。

 それなのに、両親とも仕事を継続しているという事は保守的である以上に仕事に誇りがあるのだろう。

千鶴さんが、大学に入って学業に勤しむどころかバイト先の店長の子を妊娠したなど驚いたに違いない。


「頭を冷やせと言う意味で突き放されただけなのでは」


「でも、正尚に対して散々文句を言って許せないんです。私、両親とはもう会いたくなりません」

「無責任に学生の自分を孕ませて、今、若い女に浮気している夫。千鶴さん、先程、彼の事はもう好きじゃないと言いましたよね。意地になってませんか? お子さんの事を考えてください」

 私は親に捨てられた子。でも、私を捨てなかった人がいた。それが、祖父。


祖父は娘可愛さに母を甘やかしたりしなかった。母が私を一瞥もせず金だけせびりに来たのをしっかり咎めた。


「確かに経済的には両親に頼った方が良いと分かってます。だけれど、私、親に頭を下げたくありません」


 千鶴さんの言葉には呆れるしかなかった。彼女は自分の中にある甘えに気がついていない。頭を下げれば頼れると思っているという事は実際には勘当されたのではなく、仲違いして家を飛び出したのだろう。彼女の話は「自分は悪くない」という前提を元に全て、一旦バラバラにされ再構築されてしまっている。


「千鶴さん。あなたに育てられるくらいなら施設に預けられた方がマシです。最初、会った時メンヘラしてたのは演技ですか? 今は随分口調がしっかりしています。子供は親のそう言った姿に振り回され続け苦しみます」


 私は千鶴さんと会話をしていて、自分も母に苦しめられていた事に気がついた。私は母親が大好きで、父を諸悪の根源のようにみていた。しかし、実際は泣き喚いたり、不倫したり、突然優しくしたり、怒ったりする母に振り回された。5歳の私はいつも母の機嫌を取ることを考えていた。


「それいい。施設に預ければ良いんだ」


 まるで世紀の大発見をしたように、千鶴さんは目を輝かす。親に頭は下げたくない。子供を1人で育てられないから、浮気相手と別れて夫には戻ってきて欲しい。彼女のお腹の中にいる子も、クーファンで寝ている子にとっても母親は彼女1人。


「千鶴さんは、施設の環境を知っているんですか? 自分はお金に困らない幼少期を過ごしたのに、自分の子供には自分がした事のない苦労をさせるのは平気なんですね。自分の子に対して愛情が湧いてますか?」

「⋯⋯山田さん、妊婦相手にずけずけ言うんですね。愛情? そんなもの湧くわけないじゃないですか。子供さえ居なければ、私は今一流大学で女子大生ライフを満喫してたんですよ。本当にこいつがどれだけ私を苦しめてきたか!」


 突然、千鶴さんが赤ちゃんが寝ているクーファンを掴んで振り上げようとする。私は咄嗟にその手首を掴んだ。心臓がバクバクする。母も私に対して、このような感情だったのだろうか。考えるだけで頭がおかしくなりそうだ。


 その時、カランとカフェの扉が開く。

 そこに現れたのは、酒井正尚と制服姿の星野若菜だった。


「買い出しから帰ってきたと思ったら、何やってるの?」

 酒井正尚が焦った顔をして大きな声を出す。その声に驚いて赤ちゃんが泣き出した。

「オギャー!オギャー!」


「うるさ⋯⋯」

 星野若菜が言い捨てるように呟く。


「星野若菜さん。もう、学校終わったんですか? 今の時間って授業中ですよね?」

「えっ? 何? 関係なくない?」

 今は朝の10時半だ。星野若菜の動揺っぷりに私はハッタリをかける事にした。


「そうか、問題ないのか。本当は女子高生じゃないし⋯⋯」

 私の言葉に星野若菜は目を見開き固まった。


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