「真希、大丈夫か?」
「私は大丈夫ですよ。でも、元恋人との対応の仕方のお手本は見せられなかった気がします」
真希の表情を見て、あまり元気な感じはしなかった。
明らかに未練がありそうな原さんを、うまく突き放す予定だったはずだ。
しかし、彼女は彼の家族がバラバラになったと聞いて動揺したように思えた。
真剣に彼の母親を心配し、彼の事をいなしていた。
(あんな真摯な対応をされたら、原さんは真希を引き摺り続けるだけだ⋯⋯)
彼女を知れば知るほど、彼女の抱えるトラウマは大きく側にいるには覚悟が必要だと思った。
彼女は原さんに拘っていたのではなく、家族に拘っているのだと分かってしまった。
真希には不思議な魅力があって、彼女の情の深さや繊細さに触れるにつれ惹かれてしまう。
俺は今彼女に異性として惹かれているが、彼女が性的なものに拒否反応があるのだから彼女を女として見ると傷つけるだけだ。
真希の敏感な感覚が俺の欲情を感じ取り、不快な顔をするのを何度も見てきた。
だから、俺は今自分の気持ちを恋から愛に変える努力をすることにした。
真希が欲しがっている、家族は俺が作る。
彼女の側にいたいのならば、俺が変われば良い。
「そうだ! デートだけど、ファンタージーランドにでも行くか?」
「行きません。それよりも、部屋に戻りましょう話したい事があります」
彼女の真剣な眼差しにドキッとし、真希が2人きりで話したいと言ってくれていることに嬉しくなってしまう。
マンションの部屋に入るなり2人きり。多分俺だけが緊張している。リビングのソファーに座ると、突然、真希が伏せた紙を出してきた。
一瞬、以前のプロポーズの返事に婚姻届をとってきてくれたのかと妄想した。
俺はドキドキしながら、紙を捲るとそこにあったのは「DNA鑑定書」だった。
「94パーセント姉と弟の関係が認められました。私と雨くんは血が繋がっています」
唐突な真希の告白に、俺は世界の狭さを感じた。
雨は真希の父親と川上陽菜の子だということだ。
(それが、雨だけ赤ちゃんポストに捨てられた理由? いや、そんなのは生まれたばかりの赤子を捨てる理由になどならないだろう)
自分の中での当然の家族像の常識も崩れ去る。
「聡さん。私、雨くんを⋯⋯弟を守ります。彼は彼女からデタラメを吹き込まれて、犯罪行為に加担させられてます。でも、彼の罪は消すつもりです。こんな正義のない女でもついてきますか?」
隣に座った真希が急に俺の胸元に顔を埋めるようにして話してきた。
その距離の近さに、俺は年甲斐もなく胸が高まってしまう。
それを彼女に気づかれないように、俺は自分の心臓を止めようと息を潜めた。
真希は雨のパソコンを解析したのだろう。
そして、川上陽菜と雨のやりとりを発見したに違いない。
なんとなく、そこには真希の傷つくような内容があった気がして心配になった。
「あの⋯⋯なんで息止めてるんですか? 死にますよ」
真希が苦笑いを浮かべながら、俺の胸元で俺の顔を見上げる。
その視線が魅惑的なものに見えてしまって、俺はまた緊張したので笑って誤魔化した。