「先輩が結婚すると言うことで、別れ話をしていたの⋯⋯」
私は思わずため息が漏れてしまった。
(そんな映像で回ったところで、何の問題もないじゃない)
「服を着たまま別れ話をしてたんですよね。何の問題があるんですか?」
「でも、先輩は結婚することが決まっていて、あの映像が出回ったら大変なことになると思って!」
全裸で別れ話をしていたのなら、多くの隠し撮りの中に紛れ込んでいただろう。
しかし、おそらく後ろめたさを感じながら2人の女性が別れ話をラブホテル内でしてたから川上陽菜の目に留まってしまった。
「じゃあ、晒されても大丈夫なのように今からラブホテルで色々な映像を撮りましょうか?」
「えっと、どう言うこと?」
「例えば、私とマリアさんがラブホテル内で別れ話をしている映像とか⋯⋯女同士の別れ話シリーズをネットに上げますか?」
「確かにそれだと、マリアと先輩の映像なんて本気のものとは取られないかもな」
今まで黙って私たちのやりとりを聞いていた聡さんが口を開いた。
きっと、彼もマリアさんの映像は大したことないと分かっていた。
しかし、彼女自身が悩んでいる以上それを指摘できないのが聡さんだ。
長々とこんなサニーのくだらない遊びに付き合ってやるなんてお人好し過ぎる。
「マリアさん。サニーを川上陽菜だと仮定すると、あなたが苦しむのを見て楽しんでいます。後ろめたいと思っていることを隠しながら、苦手な男にハニートラップを仕掛けるのはキツかったでしょう」
私の言葉に涙を流しながら、マリアさんが無言で頷く。
若さと美しさを兼ね備えた彼女は、年齢と共にそれを失っていく川上陽菜の劣等感を刺激したのだろう。
常にターゲットを見つけ憂さ晴らしをする彼女にとって、マリアさんはうってつけの相手だ。
「とりあえず、『別れさせ屋』の仕事を受けるのはストップしてください。サニーにはそれを悟られないように、まずは、先程の皆本くんの案件を報告をしましょう」
急に『別れさせ屋』の業務が滞ったのがバレたら、サニーは次の動きをしてくるだろう。
しかも、今は雨くんがどんな動きをしているかも分からない。
「⋯⋯分かったわ」
「マリアさん、でも、さっき皆本くんの依頼を受けてましたよね。ちなみに他にも既に受けた依頼はありますか? 基本、受けた依頼は必ず片付けてください」
私がマリアさんに話しかけると彼女はコクコクと頷いた。
頷いた拍子に涙がぽたりと床に落ちる。
私は母が川上陽菜に追い詰められて泣いているのを思い出し苦い気持ちになった。
「マリアも限界だ。着手金を返金すれば良いんじゃないのか?」
私は聡さんの考え方の甘さにため息を吐いた。
「『別れさせ屋』に依頼に来る人間はどう言う人間だと思いますか? 誰かと縁を切りたいという事を自分では解決できずに、大金を払いに来るのです。聡さん、弁護士事務所に来るお客様とは毛色が違うって理解してますか?」
ストーカーなら警察に相談すれば良い。揉め事なら弁護士。それなのに、『別れさせ屋』に来る人間は、そういった警察や弁護士には持っていけない自分勝手な申し出を通そうとする人間。私が関わった案件の登場人物でまともだったのは漆原茜くらいだ。
裕司も私がしつこくしても警察にストーカーとして突き出さなかった。なぜならば、婚約して婚約相手に仕事まで辞めさせた経緯があったからだ。別に私を思っての事ではない。『別れさせ屋』を使う人間は基本、自分の落ち度があろうとなかろうと他人のせいにして事を済ませようとする人間。散々、後ろ暗いプライベートな情報をこちらが得た後で、返金するから対応しませんと伝えてトラブルにならないはずがない。
「⋯⋯言いたい事は分かるが⋯⋯さっきの大学生の申し出以外に3つも案件はあるぞ」
「分かって頂いたなら結構です。私が、可及的速やかに解決します」